耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

ミュージカル〈マリー・アントワネット〉10月27日夜公演 感想

本日のキャスト(敬称略)
マリー・アントワネット笹本玲奈
マルグリット:昆夏美
フェルセン伯爵:古川雄大
ルイ16世佐藤隆紀

 笹・昆の組み合わせは初回ぶりだけれど、今回も違った物語になっていたように感じた。わたしが観ていていちばんエキサイトするシーンであるテュイルリーでの『憎しみの瞳』、今日はマリーが「義務ばかりよ、あなたは自由」と言っているのが聴こえてくる。そうか、アントワネットの方もまた、マルグリットが自分にないものを持っているように見えていたのか。そしてそんな思いはきっとマルグリットからすればバカバカしいことこの上ないだろう。まさに「分かろうとしない、違うというだけで」というのが今日の悲劇のポイントだったと思う。

一幕のプチ・トリアノンの場面で、笹本玲奈さん演じるマリー・アントワネットはフェルセンに現実を見るよう言われ、少し顔を曇らせている。それにもかかわらず、臭いものに蓋とばかりに見たくないものから目を逸らし、今を楽しもうとしてフェルセンの苛立ちを買う。花總さんのアントワネットはあのシーン、フェルセンのことばは完全に右から左でピクニックのことしか考えていない雰囲気だった。聞こえてはいるのだろうけれど、彼女の耳には現実感を伴った言葉として届いていなかった。花總さん演じるアントワネットは骨の髄まで貴族だから、最初からその選択肢がないこと自体が自然である一方、笹本さんのほうはもし彼女が「知ろうとして」いたら結末は変わっていたのだろうと思わせる。

 今日のマルグリットはマリーと初めて声を合わせて子守唄を歌うシーンから泣いていた。はじめの驚愕から、しだいに茫然と遠い日の少女時代を想うような表情へと移り変わっていく目に、滲む涙に心打たれる。あの少し前から、マルグリットは母親としての役割を果たすマリーのことを少しずつ見直しはじめていたのではないか。このマルグリットはきっと、養育費が途絶える9歳までは幸せな少女時代をすごしていたのだろう。それなのに突然、無償で与えられていたものすべてが奪われた。愛情も、尊厳も。タンプル塔で王家の監視役となったマルグリットが、縫物をしている高貴な女性たちを横目に読書しているのも、そう思って見ると意味ありげである。宮殿に入り込んだマルグリットは、きっと巷では決して手に入らない書物の数々に圧倒され、手を伸ばさずにはいられなかったのだ。贅沢三昧に耽っている貴族の女たちが目もくれなかったであろう書物に。

前回でも衝撃的だった通り、笹本さんのマリーはルイが連れていかれる場面の取り乱し方が尋常でなくて、2階席で双眼鏡で見ながら悪魔の所業を見たかのようにガクガク震えてしまった。あの母親から息子を奪って行けるやつらは本物の鬼だ。人の子じゃないわ、という悲痛な叫びが漏れるのも心底納得する。だが、間髪入れずマルグリットが「人が飢えているときにあなたたちは…」と言い返すので、その瞬間わたしの心はどこに寄り添えばいいのか迷子になる。髪を振り乱して抗う母親から平気で子どもを取り上げて虐待できるのは、かれらがそれ以上の地獄を味わってきたからなのだ。ようやく少し触れ合ったと思ったマリーとマルグリットの心がまた離れていく。 

この作品の韓国版*1を映画館ではじめて観たときから、マルグリットはフェルセンに恋愛感情を抱いているようにも演じられるしそうでないように見せることもできるのに、そうならないように演出されているのが解釈を広げる面白みでもあり、また分かりにくくしてしまうポイントでもあるのかなと思っていた。けれど今日の組み合わせで初めて、フェルセンに片思いしているマルグリットを見た。「なぜあなただけ、わたしじゃない」と歌う台詞ではマリーへの嫉妬が、何もかも手にしている憎い女だからというより、フェルセンへの恋心がゆえという理由に比重が置かれていたように感じたのだ。そのせいで、マリーの部屋にフェルセンを案内してやる展開について、わたしは3回目だというのに本気で驚いてしまった。なぜ憎い相手の手助けをしてやるのか? それはフェルセンに惹かれてもいるから。そして、フェルセンとの関係性をも通して、アントワネットの人間的魅力を認めたのかもしれなかった。別れを惜しんで唇を重ねる二人を引き離すようにマルグリットが部屋へ駆け込んでくるタイミングがソニンさんと比べて少し早いような気がしていたのだけど、これもマルグリットの感情と無関係ではないと思う。

 マリー・アントワネットの最後の台詞は、全てを諦め受け入れて、すでにもう少し神のもとに召されてしまったひとのような慈愛の声。同じ笹・昆でも前回はマルグリットが許されていなかったのに、今回はめちゃくちゃ許されていた。二人の心は通じ合っていて、だから昆マルグリットはその後むせび泣いていた。(前回はひたすら呆然としてたはず。) そしてマルグリットが再び裁判所へ赴き、エベールとオルレアンを陥れにいくのも、なんというか嫌で嫌で仕方ない人のような足取りだった。*2そうしないことには自分の役割が果たせないから、正しくないと分かっているし、いくらやりたくなかったとしても、世のうねりに流されやらざるをえなかった。

義務に押し潰され、やる事なす事全てが裏目に出て悲劇の王妃となってしまったマリー同様に、今度はマルグリットが時代の奴隷となる。どうすれば変えられる? マリー・アントワネットは何度でも問い掛ける。個人の力で世界を変えることはできない。

 

 

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*1:演出は今回と同じロバート・ヨハンソン氏

*2:月曜の朝仕事に行きたくないけど這うようにしてベッドから這い出す会社員のような…。