耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

舞台「オデッサ」感想

漫才にしてもコメディにしても、わたしはテレビでみるより絶対劇場という箱の中で観る方が没入して思い切り笑えて満足感が高い、と思っているのですが、まさにそれを実感した舞台でした。観客の笑いに包まれて一体となった笑いがまた渦となり、受け止めた演者もまたそのグルーヴにどんどん乗っていくこの感じ、たまらないな~と思いながら客席に座っていた。

 

※ネタバレあり。ミステリー要素のあるお話かつ、台詞や舞台の内容にも触れた記事になりますので、これから観劇予定の方はお読みにならないことをおすすめします。

 

三谷幸喜作品を舞台でみるのって小学生ぐらいのときに観たオケピ以来というくらいなのですが、去年『鎌倉殿の13人』にドハマリしていたのでこの布陣は絶対観るしかないのでは!?と思い観劇。ポスターのシリアスな雰囲気から何となく重厚な歴史劇なのかな???とさえ思っていたのだけど、舞台は現代アメリカだし内容はすれちがいコント、縦横斜めの伏線を張りめぐらしたミステリ風味の最高に笑えるエンタテインメント、というかんじであった。

しかし観客は肩の力を抜いてみられるものの、キャストはめちゃくちゃ大変だったと思う。テキサス州のオデッサという街を舞台にした日本(にルーツを持つアメリカ人も含む)人たちの話ってことで鹿児島弁・英語・英語というていの日本語を自在に行き来する。よくこれを本気でやろうと思ってやれましたね……。

英語と日本語を切り替えてしゃべるみたいなのって一歩踏み外せば鼻につく感じになったり混乱のもとになりそうなものを見事に自然に見せていて、全くストレスがない(唯一China=陶器のくだりだけ観客の頭に「?」が浮かんでいたように思うが。そこは笑いですませていいのか?)。もちろんこの作品の最大の特徴であるので、演出上の小技を駆使されているのだけど、字幕を出すタイミングはもちろん、舞台小物、照明、台詞、使えるものは全部使った演出が全部きちっと機能していることに舌をまく。演出・スタッフの経験値と突拍子もないアイデアの両輪で駆動している小技の質と量がすごい。インタビューを読んでいると、字幕スタッフは観客の笑い声の出るタイミングさえ演出になるから日々反応を見て微調整をしているとのこと。字幕が「舞台の台詞を理解する助け」だけでなく照明や音楽みたいに自然に舞台を楽しむ演出の一部になっていることが、なるほどめちゃくちゃすごいことだなあと思います。

ラストの落ちのつけかたもおしゃれ!伏線となるシーンの趣深さも込みで。「これを堂々とやろうと思った勇気!」と感心した……というのは、ラストに至る過程が失敗していたらめちゃくちゃ寒くなる終わり方なんだと思うので。でも観客(わたし)の空気が完全に味方になっていたので素直に感動できました。おしゃれなんだけどもそれでいて、なんかこういうシャレたことやっても「シャレてみましたけども…」みたいなちょっと俯瞰しておどけてみせるような目線がどこかに感じられるのが好きなんですよね。本人にとっては深刻であっても俯瞰してみると喜劇、の哲学が隅々まで行き渡っている。

一方で舞台ってこんなふうに、とことん気取ったことをあえて現代最高峰のプロが実現することのできる稀有な「場」でもあるなあと思う。1時間45分ぶっとおしで観客をひきつけたうえで、冷めさせずに終わってくれるプロの技。

 

最後に出てくるキーワードの一つにもなっている"outsider"は、場所や相手が違えば自分も簡単に弱者から強者に置き換わってしまうもの。それが「アメリカに暮らす日本人/アメリカ人」「自由で健康な独身男性/働きながら子育てしてるシングルマザー」「取調室の警官/重要参考人」「拳銃を持ってる殺人犯/丸腰の市民」みたいに、たった3人だけどくるくる入れ替わる属性の組み合わせで表現されているところがおもしろかった。

 

あとは細々好きだったところメモなのですが、迫田さんが最後の最後でりんごの砂糖水のことうっかり言っちゃうとことか、ブルーベリーは霧島がいいみたいなブツブツ言うくだり。猟奇殺人犯がその生い立ちを語りたがるのは「聞きたくない」と制止しておきつつ、なんかこの人ってフルーツは好きなんかな…?みたいな生活の想像はさせるのが良い。そういうところも観客の空気を引き寄せるコツなのかなと。

似たようなところでいうと宮澤エマちゃんの役のカツコも、「シングルマザーのカツコが、7歳の息子との間でだけ通用する独自のルールで毎晩しりとりしてる」っていう描写がたまらなく好きだった。なんかその家族だけの独自のルールとかってあるよね~っていう「あるある」と、それがラストへの伏線にもなっていたという意外性と。

 

迫田さんって個人的に最近よくドラマ出演されてるのを認識するようになって「心底人の好い中年男」にも「猟奇殺人を犯したサイコパス」のどっちにも振れるし、どっちで終始してもおかしくないっていうのが強みだよねえとつくづく思っていたので、その強みにピタっとハマる役なのが気持ちよかった。あと今回で「人の好さそうな鹿児島弁」と「英国キングなんとか出身の紳士」みたいな声音がどっちも使えるのも最高って気づかされて……「アメリカンブルーベリー…」って口火切るシーンの声良すぎて絶対全員笑うやつでしたね……

自分の即興でつくりだした詩が評価されてまんぞくげにニンマリする柿澤勇人もかわいかった。実はあんまり舞台でお見かけする機会がなかったのだが、こんなドタバタコメディもできる方なんですねえ…。見た目から軽薄そうにみられがちなのに本人なりには一生懸命やってる若い子みたいな役もぴったりである。ハムレットも気になるな〜。

あとなんといっても宮澤エマさん。『ラビットホール』ではキャスト全員で原語の脚本を読み直して翻訳をブラッシュアップしていったという話があったけど、今回は今回で、字幕の日本語台詞をもとに英語台詞の監修をしてるらしく、英語能力のある女優としての強みをもとにキャリア積み重ねてることを応援したくなる。英語ができるというだけではなくて、彼女の人間や世界や言語に対する洞察力があるからこそできる仕事だなあと思いますし。

とにかく宮澤エマさんとHARIBOが好きな人は全員みにいってほしい。HARIBOもぐもぐする宮澤エマさんがかわいいので……