耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

2019年観劇の思い出まとめ

年が明け、じつは2020年の観劇ぞめもしてしまいましたけど、去年の分をまとめることにします。

なお1月分は去年の後半と一緒にまとめたので省略。

 

2月11日昼「罪と罰」@森ノ宮ピロティホール

一発目から残念な話だが、記憶がない。キリスト教文化が背景にある古典ではときどき出会うことだけど、女の母性や包容力を神聖化しすぎじゃないのか?と思ってしまう。見に行く前に本や解説を読んでおけばよかったのかもしれないが、いまのわたしの胆力で読めるかどうかもまた別の話。

そんなわけで精神面では不足ありだったと思うのだけど、感情面ではラスコーリニコフの苦悩、心の揺れ、感情の波動のようなものは受け取る。それは演出であったり役者や舞台スタッフの技術のおかげなのかもしれない。そこを分析する材料はわたしにはない…。

難解だったけど、非言語的な部分でエネルギーを感じ取れるかどうかというのは別物だと気づけた。

 

2月15日「マクベス」@NTlive

近未来風の舞台設定をされたマクベス。荒廃した世界に現れる三人の魔女の表象がひどく不気味で、空恐ろしいまでに美しい。三人でワンセットみたいなパターンが多いのかと思っていたけど、それぞれ違うタイプの怖ろしくて魅力的な女たちだったことに惹かれる。殺風景な舞台装置ゆえ、バンクォーの幽霊のシーンの妙にリアルなホラー感があり、途中うとうとしていたのがそのあたりで一気に目覚めた。このバンクォー、お人好しで陽気そうなキャラクタ設定で、それがまた、彼が裏切られ殺されたことの悲壮感を盛り立てる。

 

3月30日夜・4月6日昼・4月6日夜「ミュージカル ロミオ&ジュリエット」@梅田芸術劇場メインホール

感想を書きました。

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4月27日夜「BLUE/ORANGE」@DDD青山クロスシアター

この演劇のなかで語られていたことは、日常生活を送っている中でもときどき思い出す。

4月29日昼「ライムライト」@梅田芸術劇場シアタードラマシティ

チャップリンの伝記を音楽劇に仕立てたもの。今年見たなかでわたしが好きだった作品五本の指に入る。

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去年『シークレット・ガーデン』や『生きる』でも思ったけれど、人生経験を重ねたがゆえの人間の(なさけなさや不格好さも含めた)魅力を見られる舞台に惹かれる。ロミジュリみたいに若人のエネルギーを感じられるのも舞台の楽しさではある一方、いまのわたしはこちらのほうを必要としている感じがする。

 

6月29日夜・8月3日昼・8月4日昼「エリザベート」@帝国劇場

↓感想その1

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↓今年の舞台を観て思ったこと、というより、2016年にわたしがこのお話しに出会ってから、一番見たかったと思った解釈のようななにかを書いた気がする。忘れたけど。(よみかえしてない)

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↓都内で人気ミュージカルをみるとその周辺イベントもたのしめますよね、という日記。 

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じつは今年は2016年ほどの熱量でははまっておらず、それを思うとすこしさみしい。2016年に出ていて今年いなかったキャストがわたしにとって実は思っていたより重要だったのかもしれないし、美化された過去に脳が凝り固まってしまい、現実が打ち勝てないだけなのかもしれない。

今年のエリザを楽しめなかったという人の書いたコメントを読んでいると演出家がキャストを統率できてない、伝えたいものを作ることを放棄しているということを言っていて、わたしはそのあたりの仕事で何がどう変わるものなのか分からないので、じゃあどうであれば良かったのか?というところが考えられていない。もしかすると東京のカフェやロビーではそのあたりの論議が活発になされ、ひとつの説明が通説となっているのかもしれない。SNSには書かれることのない具体的な論議が。

 

7月7日昼・7月14日昼「レ・ミゼラブル」@梅田芸術劇場メインホール

大阪なのにぜんぜんチケットが取れなくてびっくりした。両日とも佐藤バルジャンでした。歌声のパパらしい包容力に聴き惚れていたのだけど、二回目のときたまたま物凄く喉の調子が悪そうな日にあたってしまった。普段の歌のレベルが高いかただと知っていると、調子が悪いときにすごく目立ってしまうのだな……。

ジャベールは伊礼さんと上原さん。伊礼さんは冷たくて品の良いジャベールで、でももし再来年も続投ならもっと回数をこなした姿を観たいなと思ってしまった。上原さんはアンジョルラス役のときの絶対的カリスマ性が大好きだったけど、ジャベールはあくまでもバルジャンと対極にある存在ということを意識して作っていったのかなと思った。ねちこくて執着心が強く、でもそれはバルジャンという人間に対してというよりは職務や自分の矜持へのものというかんじ。

以前はさほどでもなかったのに、今年はバルジャンが死ぬシーンのコゼットの一挙手一投足がいとおしくて、あたたかくて、幸福で、泣いてしまう。まさか自分がコゼットに感情移入する日が来るとは思わなかった。自分の人生のなかで成長を見守り支えてくれた者との関係について振り返るタイミングだったことも関係があるのかもしれない。

あと濱田めぐみさんの『夢やぶれて』を本役で聴けたことに感激…その声が孕んでいる悲しみという名の感情の豊かさで、涙がぼろぼろ。レ・ミゼラブル、みるたびに涙もろくなっていく自分を実感する作品。

 

7月15日昼「ピピン」@オリックス劇場

城田優さんが主演だから見に行ったのだけど、わたしはサーカスやライブの要素を盛り込んでいるようなミュージカルを観るのが初めてだったので、目新しかった。客席を巻き込んで盛り上げていく感じがエンタメ重視に振り切れていて楽しい。

ラストでピピンが家族を選んだことを「めでたしめでたし」にしてしまうあたりは、わたしの好きなタイプの物語ではないなと思ったけれど、それはわたしの好みがひねくれているせいなので……。家族を捨てて自分探しの放浪を繰り返す王族のミュージカル(エリザベート)ではなく、自分探しの放浪の末に家族を選ぶ王族のミュージカル(ピピン)に出るという選択肢を取ったのかというのも、偶然だろうけれどちょっと面白く感じた。

なお、オリックス劇場の3階席は最悪です。前一列の方が軒並み前のめりだったので何事かと思ったら、最前列は手すりががっつり舞台とかぶるのね…。で、前のめりになったら二列目以降の人も舞台に前の人の頭がかぶり、負の連鎖が起きてしまっていた…。せっかくキャスト側が3階まで来て盛り上げてくれてるのになあ。

 

8月3日夜「グーテンバーグ!」@新宿角座

以前の公演の際にすごく話題になっていたので、再演があったら絶対観に行こうと思っていたもの。東宝など大箱の翻訳ミュージカルをよく観るお客さんに向けた、茶化しや諷刺込みのコメディ。普段はなかなか口に出せないけれどみんなが思っているようなことを、肩の力を抜いて気楽に発散させられる場ってどんな時代でも必要だなあと。笑いの力って偉大で、明日からもまた頑張ろうと思えるパワーがもらえる。

でも、もちろん笑わせようとする行為がだれかを傷つけたり不快にさせるものであっては元も子もない。今年以降はとりわけそういった配慮の有無が、笑いの技術そのものを左右するようになっていくであろうという空気がありますよね……。それは年間を通して思ったこと。

 

8月31日昼「福島三部作第一部『1961年:夜に昇る太陽』」@インディペンデントシアター2nd

いつもチケットを買う参考にしているライターさんがおすすめされていたので観に行ったもの。タイトルどおり福島に原子力発電所が設置された経緯を描いた物語で、重いテーマなのだが観客に受け止めてもらうために笑いの力を使っている。題材のわりには肩の力を抜いて観られ、でも皆が精一杯に考えて決断したことが結果的にはこうなってしまった、ということから、終演後にはかなりしっかりと残るものがある。

あらゆる人間がどんなに一生懸命に生きていても、その人生の選択や価値観に社会的な要素は否応なく絡んでくるもの。それはひとりひとりの人生が目の前に立ち上がってくるようなしっかりした役の背景を感じたからこそ。

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8月31日夜「ブラッケン・ムーア」@梅田芸術劇場シアタードラマシティ

戦前イギリスの富裕層の物語。荒野にある屋敷に集まった二つの家族の会話から、十年近く前の子どもの死亡事故の真相が徐々に解明されていく。交霊や死の真相といったイギリスらしいサスペンス色の強い作品で、スリリングな雰囲気や信頼できない語り手といった要素も盛り込まれている。

ほかの日に観ていたらもうすこしたのしめたと思うのだけど、マチネに観た別の芝居のエネルギーが強すぎて、わたしの人生からかけ離れた空気が構築された舞台にいまひとつ入り込みきれなかった。

気になったのは、家庭内の話のようなのに敢えて時代設定を第二次世界大戦前に置いているのがどういう理由なのか。経営者としての都合を優先し、弱者の声に耳を傾けず労働者を切り捨てていったことが大衆の不満につながり、ひいてはナチスのような差別主義の温床を作り出していった。それを現代と共通する文脈を示したいという意図なのかな。

 

9月11日「リチャード2世」@NTlive

あえて時代背景を取り除き、心情表現にフォーカスしている演出がわたしには見やすかった。土をかけて絶望を吹き込むのを表現したり、水で鏡(割る時はバケツひっくり返す)、殺害表現は血糊をぶっかける。 原始的といえば原始的な演出なのだけれど、台詞でいろいろ説明してくれるシェイクスピアには視覚で語りすぎないのもいいのかも。

個人的な趣味として、極限まで無駄を排したシンプルな舞台美術が実は結構すきなのかもしれない。単に見た目のモダンな雰囲気もいいなと思うし、観ながらこの壁はいまどんな役割とか、脳を刺激されるので退屈する暇がないのも。めちゃくちゃ卑近な例でいうと、無印良品の収納グッズとかをあらゆる用途に使っている家みたいな驚きとたのしさ。

よくわからなかったのは、リチャード二世の感情は孤独や寂しみ、無力感、アイデンティティの喪失などはっきりと表現されているのに、ヘンリー四世がマクベス状態になって無表情にうつろな目をしてるのがはっきりと対照を為していること。どういう意味なんだろう。

いつかは戯曲を読みたいのだけど、いわゆる「ヘンリアド」に分類されるものは王位継承の時代順にまとめて読まなければいけないような気がしており、後回しになっている……。

 

9月14日夜「人形の家part2」@ロームシアター京都

イプセンの『人形の家』のその後を描いた物語。舞台をいっぱいに使って表現された「家」の一室のセットが非現実的なくらいにがらんとした空間。『人形の家』でノラが家を出て行くラストは女性の自立に対する希望だったけれど、それから十五年が過ぎてもみずからを変えようとしない元夫トルヴァル、社会、そして子ども世代と改めて向き合うノラの姿が描かれる。

とはいえ、それぞれが自分の言い分をがなり立てているだけといった印象で、いまひとつ芝居としての面白みを感じられなかった。ノラの娘の役を演じていた方のシニカルな演技は世代間の断絶を表している気がして身近に感じられたけれども。

劇場を出て歩いているとき、後ろにいた夫婦が「まるで俺らみたいやったなw俺、トルヴァルww」ってなぜかややはしゃぎ気味に言っていたのに、奥さんの方のリアクションが無言だったのがいちばんおもしろかった。

 

9月28日昼・夜 劇団四季ノートルダムの鐘」@京都劇場

フロローのことしか書いていない気がする感想。

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10月5日昼・夜「ストーリー・オブ・マイ・ライフ」@新歌舞伎座

これも今年すきだった作品五本指に入れたい。

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10月26日夜「マリー・アントワネット」 ブルースクエア(ソウル)

昨年秋~年始にMAにはまっていたので、初めての韓国ミュージカル。良い経験になった。でも、ほとんどミュージカル観るためだけの旅になってしまったので、今度ソウルに行くときは女友達と買い物三昧か食い倒れがしてみたいな。sanasanagi.hatenablog.jp

 

11月9日夜「組曲虐殺」@梅田芸術劇場シアタードラマシティ

小林多喜二の半生を描いた作品。後世では資本家への反抗を著したプロレタリア作家として名を知られているけれど、作家である前にまず人間であったはずの彼。暮らしにあふれる笑いや喜び、いっぽうで常に隣り合わせにある恐れ、それらのなかで怒りや意志の立ち上がるさまが音楽とともに描かれていく。

一見ふつうの青年のようなのに嫌味なく周囲の人々を惹きつける多喜二の役に井上芳雄さんがぴったりだった。幼なじみの許嫁の役の上白石萌音さんは、けなげで一途でいじらしくて、でも一本芯が通っていて。作家小林多喜二の使命と、一人の人間としての幸福を望む気持ちとの間で揺れる心情を等身大に表現されていて、一気に好きになってしまった。

 

12月8日夜・12月15日昼「ファントム」@梅田芸術劇場メインホール

『ファントム』自体を初めて観る。ストーリーは、性愛に対する欲に正直であることを罪悪と捉え、親の罪を子が背負い、無償の愛により克服されるというもので、あまり好きになれるものではない。『罪と罰』の項でも似たようなことを書いたけれど、クリスティーヌがエリックに惹かれた理由は結局人として彼を愛したというのではなく、母性を取り違えたというふうに思える。どちらかといえば、母親の影から次第に彼女自身の個としての人間を見るようになったというパターンのストーリーの方がすきかも。

でも実際に観ている時間には役者さんたちの技量でねじ伏せられるようにぐっと胸に迫ってきたシーンがたくさんあった*1ので、そのあたりのアンバランスさがとても輸入ものっぽいともいえる。バリバリのキリスト教的価値観の納得できない部分をつよめに感じてしまったのだけれど、そのあたりを保留にして楽しむのなら十分だった。

 

12月14日夜「ビッグ・フィッシュ」@兵庫県立文化センター中ホール

風邪ぎみでマスクをして行ったのだが、二幕後半からマスクの下が涙と鼻水でどろどろになってしまった……きたない。うるさくなるといけないので芝居中鼻水はすすらない派。

映画は以前DVDを借りて観たことがあり、あの黄色い花畑のシーンが舞台上に再現されていたことに胸が熱くなる。映画をみたときは、これをただの家族愛の物語とまとめることはできないものの、じゃあ何の話なのか?というのがよく分からなくて頭がぼんやりとしていたのだけど、今回舞台版を観ても思ったのはやっぱり、「父と子」の話というより、「この世界にたったひとりしかいない、あなたと僕」の話だということ。「僕」に見えている「あなた」の姿はどこまで遡っても「あなた」自身の語った姿でしかない。

 

12月28日夜「月の獣」@兵庫県立文化センター中ホール

最後の最後で、今年いちばん観てよかった作品に出会ってしまった。コメントを書き出したら長くなったので別の記事にしました。

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おわりに

まとめて振り返ってみると、この一年で好きな演劇の傾向が微妙に変わったという気がする。

2016年~2018年は大劇場でやっている翻訳ものをとりあえず見たり、音源を聞いてみたりして自分の好きな作品や気になる役者さんを探り、気に入る公演や再演があったらリピート、気になる役者さんの出ている公演は観に行く、というかんじだったけれど

今年はもうひとまわり小さな場所で、芝居がしっかりと見られるようなものがいいなと思うようになった*2。大劇場でも結局わたしが一番みたいのは芝居だなと気づき始めたし。楽曲の力と感情の奔流に押し流される大劇場のグランド・ミュージカルの中毒性は何にも代えがたいので、やっぱり通うとは思うけれど。

 

あと、劇場ではほぼ寝ないのに、NTLiveはけっこうウトウトしてしまう。言語の壁かスクリーンの壁か?シェイクスピアだからか? でも起きてる部分だけ見ても面白いし安価だからたぶんまた行く。

新ジャンルの開拓という点ではMETライブビューイングで「カルメル会修道女の対話」がフランス革命ものだったから気になったのに、オペラ観たことないし予習もせずに行ったら絶対に寝るな…と思って結局行かなかった。それはちょっと悔いが残っている…。でもオペラの初めては生で見てみたいんだよな……。

*1:なんといっても素敵だったのはクリスティーヌ。エリックの母役をしているときの愛希れいかさんは愛する苦悩や喜びが表現されているダンスの迫力に圧倒されたし、衣装係になりキラキラした笑顔で夢へ向かって歌う木下晴香さんは可憐さとひたむきさがそのまま彼女自身の魅力となっていてとてもかわいい。そしてふたりとも歌がうまくて声がきれい……。慟哭する少年エリックも印象深い。熊谷俊輝くんは泣き声が苦しみに満ち溢れている演技だったし、大河原爽介くんは歌声に感情表現を乗せる技量まで高くてすごかった。罪悪感とエゴイズムと愛着との間で揺れ動くキャリエール役岡田浩暉さんは芝居の要で、彼の心情に寄り添えなければ冷静になってしまうところ、悔恨や侘しさや情けなさみたいなものを感じさせてくれた。エリックは無邪気な子どものまま大きくなったみたいな城田さんと、闇の中で苦しみと諦めを経験してきた不器用な青年といった感じの加藤さん、それぞれ役者の持ち味がとてもわかりやすい。特に加藤さん、生まれながらにして罪を背負い、そのためにどん底の絶望すら経験しながらも微笑みを残しながら死んでいくという役がご本人の陰のある雰囲気に大変お似合いでした。

*2:梅芸のドラマシティと兵庫芸文センター中ホールが好き、でも同規模でもブリーゼホールはあんまりいい思い出がないな……スリル・ミーが東京公演と比べてすごく見づらかったので……