耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

2018年10月~11月に読んだ本

 10月~11月のすごし方

10月から帝国劇場で上演されているミュージカル〈マリー・アントワネット〉に熱中している。帝国劇場にほど近い書店日比谷コテージでは常に上演作品のフェアが開催されており、10月に読んだマリー・アントワネット関連の2冊はそこで求めた。ちなみにこのミュージカルの原作は遠藤周作著『王妃マリー・アントワネット』、わたしは以前韓国版MAの映画館上映会をやっていたときに読んだのだけど大変面白いです。ただミュージカル化にあたって主要登場人物の役割付けが異なり、少なからず別物になっているという記憶。再読するならいま、というよりは公演の思い出がもうすこし冷めてから読みたい気がする。

中野京子さんの本の後書きでおすすめされていた、マリー・アントワネットの伝記ではおそらく一番有名なツヴァイクの著書も読みたいのだけどまだ入手できずにいる。岩波・河出も気になるけど、ひとまず中野さん訳の角川文庫かなあ(表紙もかわいいし)。

 

マリー・アントワネット関連

 これがミュージカルMAの関連図書とされているのは書店員さん、さすがと思う。というのは、演出上ヴァレンヌ逃亡の描かれ方がいささか分かりづらいというか、観客に一定以上の知識があることを前提とされている気がするから。フェルセン伯爵がこの逃亡計画のためいかに心を砕き周到に準備をしてきたか、レオナールがどうしたいきさつで伝令役として登場するのか、そしてルイ国王はヴァレンヌの村で、なぜ自ら名乗りを上げるという挙に出たのか……。歴史に疎い者としては、読者に寄り添う中野京子さんの平易な筆致もありがたい。

読了日:10月18日 著者:中野 京子

 

先日のブログでも言及したけれど、ドラローシュ《裁判のマリー・アントワネット》という作品に出会えたのはこの本のおかげ。MAの衣装さんがデザインの参考になさったという史料もパンフレットにまとめて出版してくれないかなあと思う。あと勉強家として有名なフェルセン役の田代万里生さんが参考になさっている文献集も……。

いささか悪趣味なまでに行き過ぎたかつらやドレスといったロココ爛熟期のファッションは、後世では軽い失笑とともに紹介されることも多いけれど、シェーンブルン宮殿で生まれ育ったマリー・アントワネットのセンスは決して醜悪なものなどではなかったはず。どんな者にでもある生身の人間としての彼女の小さな失敗が、革命成就のために作りあげられたイメージに油を注いでいったのだと思う。

 読了日:10月21日 著者:中野 京子

 

マリー・アントワネット (通常版) [DVD]

マリー・アントワネット (通常版) [DVD]

 

 本じゃないけど、ひたすらかわいいコッポラ版マリー・アントワネットも観た。誰でも知っているマリー・アントワネットの人生の、輝ける少女時代の部分だけを徹底的に、2000パーセントのセンスで作り込んだ映画…。この題材を選んで史実のエピソードや調度品やファッションを織り込むなら、作り手なら誰だって人生の最高潮と凋落のコントラストを軸に据えたくなるものだろうに、怒りに狂い憎しみに満ちた目で王妃を睨んでいるだろう民衆の顔すら闇に溶けて見えない。彼女の世界はあまりにも狭く、あまりにも優雅で、あまりにも虚ろ。映画の中の彼女は、不妊に苦しんでも、出産や初めての恋を経験しても、どこまでもティーンの少女のままで幕を閉じる。彼女が王妃としての自分を見つける過程に至る前に、エンドロールがはじまるのだ。

この映像美に魅了されてしまうこと自体が、女の若さを一段下に見ながらも無数に消費していく罪に加担していることの証明のようにも感じて怖くもなる。いっぽうで声がする、いずれ儚く終わる命なら、消費の陶酔に身を任せてこそ甲斐があるというもの。甘いケーキに顔ごとかぶりつきたい気持ちだ。

観た日:11月30日

 

 ファージングシリーズ

1945年の終戦前に英国がナチスドイツと講和条約を結んでいたら…という着想のもと、同性愛者という秘密を抱えながら警察に勤める男性を主要人物に据えて展開される三部作シリーズ。

英雄たちの朝 (ファージングI) (創元推理文庫)

英雄たちの朝 (ファージングI) (創元推理文庫)

 

個人的には『わたしの本当の子どもたち』から知った著者。歴史IFもののエンタテインメントを題材にし、ユダヤ人や同性愛者そして女性といった差別されてきた人々の実生活と人生そのものがいかに世界に振り回されてきたか、ということに思いを馳せさせられる作品となっている。マイノリティに限らずとも、わたしたちの人生は誰かの利害や思惑によっていとも簡単にめちゃくちゃにされてしまう。4分の1ペニーほどの価値しかない「ファージング」硬貨は、この第一部の幕切れでは無力な一個人の象徴として描かれる。

読了日:10月13日 著者:ジョー・ウォルトン
 

暗殺のハムレット (ファージング?) (創元推理文庫)

暗殺のハムレット (ファージングII) (創元推理文庫)

 

二作目の舞台は文字通り劇場。あまり本筋とは関係ないが、この時代にじっさい上演されていた演劇のチラシやパンフレットのアーカイブがレスター大学に保存されているという著者まえがきの記述に大変ワクワクするし、作中で流行していることになっている、演劇の配役を男女逆転してキャスティングするというアイデアがもし実現したら……という想像も楽しい。とはいえ、作中のロンドンはジェンダーで他者を差別する態度にかなり鈍感な社会のように感じるので、このような流行が起こることにいささかの違和感はあるけれど。

 読了日:10月29日 著者:ジョー・ウォルトン

 

バッキンガムの光芒 (ファージング?) (創元推理文庫)

バッキンガムの光芒 (ファージング?) (創元推理文庫)

 

独裁者の政治を幼い頃から当たり前のものとして育った世代が大人になったら……という時代設定が三作目。無邪気な子どもが何の疑いもなく善行と信じて「密告」を実行しかねないという現実に『一九八四年』の世界のようなうすら寒さも覚えるのだが、久しぶりにページを繰るのももどかしいほどの本に出会えて大変楽しかった。一般書店では手に入りにくいようだけど、もっと知られるといいなあ。

読了日:11月05日 著者:ジョー・ウォルトン

 

 

その他、 10月~11月に読んだ本

アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること (新潮クレスト・ブックス)

アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること (新潮クレスト・ブックス)

 

ユダヤ人の登場する八つの短編。このなかで、家を訪ねてきたユダヤ人に収容所から帰還した父親の小噺を聞かされた女性に関する、次のような描写がある。

 デブはがっかりした表情だ。何か力づけられるようなことを期待していたのだ。トレヴァーの教育上ためになるような話を、非人間的な行為のなかでも人間性は発現するのだという彼女の信念を再確認させてくれるような話を。かくして今やデブはただ目を見開いて、口元にはなんとか気の抜けた笑みをうっすら浮かべている。

こんなふうに言われて、わたしは著者を好きにならずにはいられない。頭のなかで一生自分たちを追いかけ続け、木槌で叩かれた魚のように自らをもがかせる記憶とともに生きていくためには、物語の力がなくてはならない。そうだとするなら、その入り口を叩くユーモアの力は偉大だ。

読了日:10月19日 著者:ネイサン イングランダー

 

 

ザ・スパイ (角川文庫)

ザ・スパイ (角川文庫)

 

愛に関するさまざまな示唆が文中に何度も表現されていますが、わたしにはマタ・ハリが愛を求めていたようには思えません。むしろそれを恐れ、遠ざけているように見え、そのことこそが彼女の愛への執着を物語っているかのようです。美しい容姿に恵まれた彼女が愛の影に身を隠そうとしたとき、世界はそれを許さなかった。断頭台の喩えからも想起されるように、スケープゴートは幾度となく繰り返して差し出されてきましたが、その引き換えに得られるのは自らの首を縛る鋼の鎖にすぎなかったのです。

読了日:11月11日 著者:パウロ・コエーリョ

 

 

 

文庫解説によれば、谷崎潤一郎生誕130年を記念して『細雪』を下敷きに書かれた小説らしい。だれもがその名を知る名作をオマージュする、ということは、それを読んだ者も読まない者も頭の中に作り上げたイメージがあるということで、それと対極を目指すのか丹念になぞるのか上回るのか、といった気負いが生まれるのが人情かと思うのだけれど、しかしこの本の著者はどれをも目指していない、というよりむしろ、どこまでも娯楽小説に徹するという覚悟すら感じる。いっぽうで、わたし個人的には小説のなかで登場人物がメタ発言をするとものすごく興ざめしてしまうので(手塚治虫なら面白がれるんだけど、この違いはなんなのだろうか)、その点ではあまり印象が良くなかった。

 読了日:10月05日 著者:三浦 しをん

 

 

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2018年10月に読んだ本

読んだ本の数:6冊
読んだページ数:2043ページ

2018年11月に読んだ本

読んだ本の数:2冊
読んだページ数:702ページ