3月の読んだ本、いろいろ書いてたら長くなってしまったので2つに分かれております。
小説
『春のこわいもの』川上未映子
春、あたたかくなった開放感よりもよそよそしさや不安を感じてしまう空気にぴったりの短編集。この本をつらぬいているもう一つのモチーフはコロナ禍だと思うけど、だれからも切り離されてしまったようなあのときの感覚がまたマッチしていると思う。画面の中に見える不穏な情報の世界と、自分が肌で感じている春の日差しのあたたかさや風の心地よさが同じ世界のものという信じがたさ、そういうちょっとふわふわした気持ちは、もしかしたらあのときからずっと続いているのかもしれないけれども。
『娘について』も、『あなたの鼻がもう少し高ければ』も、ちょっと露悪的かもなあと思いながら読みつつ、全体を通して「誰にもみつけてもらえなかった人」がテーマの連作になっていると思った。孤独で傷つけられてスポイルされてきてしまった人は、他人を同じようにスポイルしてしまう、という「こわいもの」の話。それでも読後感が悪くないというか、むしろどちらかというと元気がでてくる気がするのは不思議。これが結局は「母の娘」の話だと見通している、俯瞰した視点があるからなのかなあ。小説の中にいる人たちは救えなかったけど、読んでいるわたしたちは脱出できるよね、というメッセージを手渡された感覚はあるのかもしれない。
あるいは、その逆で、世界から取り残されているその人たち、だれからも見つけられていない彼女たちがただそのままひとりぼっちで絶望して消えてはしまわないだろうという予感があるからだろうか。たぶんだれもが自分のやりかたで人生を続けるだろうと。透明な膜につつまれたように自分の殻のなかにこもりながら。病室に横たわる老婆は、これからも想像を続けるだろう。整形していない少女は現実を知ってもインスタを見つづけて価値観を強化するのだろうし、整形しまくった女の子はこれからも顔をいじり続ける。母の娘たちはオイルを売ったり買ったりしてまた別の戦いを始め、母殺しを成したかもしれない見砂は勝利を見いだすかもしれない。そこに絶望は感じられなくて、わたしたちはむしろそうすることで生きられるのだと、ずっと知っていたような。
『水曜生まれの子』イーユン・リー
短編集。最初の短編『水曜生まれの子』では思春期の子どもを自死で失った母親が、生前にしたある行為を悔いている。同じモチーフの話が何編かあるので、訳者解説を見たら、著者自身の経験に基づいていることを知る。なのに読んでいる間は重く胸がつまるような感じはまったくなかった。むしろ本から離れたときにふと思い出してしまうような作品なのだ。著者が苦しみぬきひとつひとつ縋っては手放しているであろう、生き延びるための方法を、こんなに軽やかに示してもらえることは得難い宝だと思う。
かつて博士と呼ばれていた老女と・彼女を介護する中年女性の会話劇『ごくありふれた人生』は一番好きだった。常に深刻でもなければ常に最高なわけでもない人生が、もしすばらしいというに足る理由があるとすれば、他のどこにもないユニークさだけが「ごくありふれている」からなのかもしれないよね。
『聖伝』シュテファン・ツヴァイク
シュテファン・ツヴァイクが伝説を下敷きに小説として語りなおした「聖伝」というシリーズがあったらしい。そのうち4編を編んだアンソロジー。伝記や『昨日の世界』のイメージの作家だったので、この本をたまたま見つけなければ全然知らなかったコンセプトだったけど、いざ読んでみると確かに他の著作からも感じたツヴァイクらしさが感じられる気がする。崇高な精神や潔癖な倫理観をめざしたいのに、それら理想と実践のギャップに葛藤しているというような。うまく語れはしないのだが……
『永遠の兄の目』自分にとって正義だと考えることを為そうとすれば、別の面で傷つく人がいる。こちらを立てればあちらが立たずという寓話。「正しく」あろうと望めばそれがどうしてもエゴになり他人を傷つけずには生きていられないということを、あまりにも真っすぐに語ろうとしてくる。それでかえって、読者のわたし自身が日々やっているような、家族や身の回りの人間を優先したり、自分の役割をまっとうしようとする行為が、ある種社会的な行為なのだと自信がもてるような気がしてくる………たとえ理想に照らし合わせて完璧な正義ではなかったとしてもだ。一見説教めいた教訓を語るような建て付けにみえるのだが、どちらかというとその逆の感情を得られる話だ。
この『永遠の兄の目』の翻訳を担当された籠碧さんという方の寄せられている解題が、作品解説としてばかりかエッセイとしてもかなり誠実でおもしろい。行動することで誰かを傷つけるかもしれないという、シンプルでありきたりでどこにも答えのない永遠の悩みが、自分のなかにもあったことに気づかされる正直な文章なのである。
新書
映画
ウィキッド ふたりの魔女
もう映画館には行けないかと思っていたので見られてよかった!直近で四季版も観ていたので、無意識に舞台ミュージカル版との比較っぽい視点で見ていた気がする。
舞台
ミュージカル『SIX』日本キャスト版
ヘンリー八世の妻として知られる6人の女性たちを21世紀に再降臨させたミュージカル。定期的に再演してほしいな~。
ちなみにわたしがアン・オブ・クレーヴズを知ったのはフィリッパ・グレゴリー『悪しき遺産』という小説でして、「ブーリン家の姉妹」シリーズの4冊目として出ております。従来の歴史では愚鈍とされがちだった彼女を知的で意思もある一人の人間として語りなおしたもの。こういう語りなおし歴史小説が本当に好きでね……。ブーリン家の姉妹シリーズもこれを機にまた翻訳出ないかな〜。




