耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

さようなら、Evernote

友だちから秘密主義だと言われることがよくある。それはその友だちの、わたしに対するやさしさだと思う。じっさいには、もう30を数年も超えて恥ずかしい限りなのだが、人に自分の内面を打ち明けて親密さを深めるということが、いまだにうまくできない。それでもだれかに自分のことをわかっていてほしくて、ブログを書いたりなどしている。

わたしという人物が地層みたいに何重にもなっていたとして、ブログは比較的深いところにある方だとは思う。しかしそれでもまだまだ飾っていると言える。(そもそも何事も、文章にした時点で多少の脚色は入るものなのかもしれないけど。)さらに奥の地層の記録というのがあり、それはわたしの場合、自分にしか見られないスマホアプリのEvernoteに入っている。

いや、入っていた。

 

プランもアクションも結論もオチも何もない、ただのつぶやき以前の、人に見せることを意識しないで頭を整理したいことって、だれにでもあるんじゃないかと思う。人によってはそれがそのまま信頼できる人に話すことだったり、SNSにつぶやくことだったり、ノートに書きだすことだったりするのかなあと思う。

わたしは人目を気にしてことばを発すると(文章にせよ会話にせよ)いくらか気負ってしまうところがあるので、その前段階としてのひとりごとを書く場所を、ものごころついてからずっと必要としている。

高校〜大学のときは、自分にしか見られないようパスワードをかけたモバイル専用の日記サイトを作ってつぶやきを投稿したり、手帳にもあれこれ書いていた。それ以前は紙の日記。

小中学生のころ友だちにムカつくことを言われたときには、帰宅してからいらないプリントの裏の白いところにムカついた理由を、小さく力強い文字でこまごまと書き出し、力いっぱいビリビリ破いて捨てたりしていた(暗)。

 

ところで社会人になったばかりのちょうど10年ほど前は、今当然のようにみんな持っているスマホがようやく「新しもの好き」たちだけのものじゃなくなったばかりの頃だった。新しいものをなんでも試す派の人たちが、すでに数年使いこなしていたEvernoteなるアプリを、ご自身のブログでやたらとおすすめしていた。

曰く、なんでもWEBクリップする。ライフログをつける。継続すればするほど、自分の第二の脳として人生の記憶の全てがそこに詰まっていく。しかもそれは、いつでも手元のスマホで検索して見返すことが可能なのだ。そういうコンセプトに胸が高鳴った。素直な22歳のわたしは早速、すべてをEvernoteに放り込みはじめた。

そして10年が経った。10年分のひとりごとと日記の集積。仕事に人間関係に恋愛に貯金に悩んでいたころ。会社で調子に乗りすぎて迷惑をかけたこと。実家を出てひとりぐらしをしたとき、餅とベーコンばかり食べて口内炎が大量にできたこと。せっかく自分の意思で一人暮らしの家を好ましく整えていたのに、東京への長期出張で半年間独房のようなレオパレスに住むはめになり、膀胱炎と腹下しに見舞われていた日々のこと。

SNSに投稿する前の、まとまらない本や舞台の感想。初めて自分のお金でチケットを買った舞台。一日中だらけてプレイしていたゲームのスクリーンショット。住んでいた部屋やお気に入りだった服の写真。過去の雑誌の切り抜き。好きなブログの記事やインスタグラムの投稿。転職していってもう会うことのない同僚との飲み会、言われた言葉や言った言葉。母と毎晩夜更かしして韓国ドラマを見ていた日々。

暇さえあれば去年や一昨年の今頃を見返し、体調を崩せば「風邪」と検索して前に風邪ひいたのはいつだったか調べ、妊娠中に痔になったときにも最初に痔になったのはいつだったか調べた(それは24歳の頃で、自分が痔だと全然認めたくない様子が綴られている)。

買いたいものがあれば過去のWEBクリップに知見がないか調べる。欲しい物リストを作って画像を貼り付けてはニヤニヤし、今月の予算ノートを見ては青ざめる。

ひとりで海外に行ったときも、Evernoteを見れば行きたい場所のメモがいくらでもあった。いや、でも一人旅でそれより本当にありがたかったのは、やっぱり話し相手になってくれたことかもしれない。道に迷った街角、たどり着けなかった素敵なお店、入れなかった美術館、味のない食事のメニュー、冷たい店員、エレベーターのないホテルの5階での4泊5日、そんな場所でひとりぼっちのときに。それが見返せば旅の記録になっていた。

 

確かに、これは第二の脳だった。

なぜ過去形になってしまったのかといえば、とにかくもうアプリを開くと重くて重くて、この脳が思い出したいことをうまく思い出せなくなってしまったからだ。

さらにはつぶやき投稿のために便利に使っていたアプリが次々にアップデートを終了し、ついには肝心の投稿ができなくなってしまった。APIのセキュリティ仕様が変わったせいなのか、あるいは単にEvernoteがもはや「新しもの好き」の人たちの間でイケてるアプリじゃなくなり、見捨てられてしまったからなのか……。とにかく更新ができなくなったら、もう終わりである。

単に日記やつぶやきを書いて保存するだけなら、シンプルに心地よく日記を更新させてくれるアプリはもちろんたくさん開発されている。だけどこんなふうになんでもかんでも入れられるアプリと全く同じ物は、もうないだろうな〜。

まあ、10年前のパスワードがかかったモバイルサイトを地味に更新していた時に戻った、というだけのことか。

 

今後の運用はこのようなかんじ。