耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

ひとりで出かけ、そして何もしないで帰ってきた日記

我が家では夜8時に寝る1歳児が朝もいちばん早くに起きる。だいたい6〜7時の間だ。今日は6時半だった。最近は大体いちばんに「とうちゃん、おきて〜」というのに、なぜか今日はまだねているわたしの上に無言でのしかかってきた。そして乗り越えようとした拍子にベッドの脇のクローゼットのドアに頭をぶつけた。

「どごん」「うわーん!」という音で慌てて飛び起き、ベッドの上に引き戻す。すぐに泣き止んでけろっとしているのでもう一度ねることにする。
「もうちょっとねようね〜」「いやっ。」「おねがいだよ〜」「いやっ。いやっいやっいやっいやっいやっ。」ほとんどの言葉はまだたどたどしい口ぶりなのに、最近おぼえた「いやっ。」だけは末尾に句読点がついているかのようにはっきりとした口調である。

ぼちぼち起きてパンとヨーグルト、そしてバナナ。おとなだけコーヒー。ひととおり空腹がおさまるとYouTubeで電車をながめ、おもちゃのデンシャを「がたんごとん、がたんごとんカンカンカンカンがたんごとん」と言いながらうごかす。踏切を通り過ぎる電車の音を再現しているのだ。そして机の上に出しっぱなしになっていた『のりものいろいろ かくれんぼ』を自分でめくりながらのりものの名前をひとつずつ呼びかける。これが1歳児のモーニングルーティンである。もちろんパジャマのまま。

 

今日はわたしが昼から出かけ、夫が夕方から出かける用事がある。そのため午前中に公園に行って遊んでおくのがいいかな?と思いつつ、子どもがわりとひとりで楽しそうにしているのでダラダラしてしまう。ふと思いついて、昨日のんだアイスアイスカフェラテのプラスチックカップを洗って子に渡してみる。ストローを挿す穴から綿棒を入れて見せると、1歳の目がキラリと輝いた。それからひたすら綿棒をカップに入れる遊びに没頭。小一時間くらい時間をつぶせた。でもこれ、今日みたいに天気のいい日じゃなくて雨の日とかにやればよかったな〜。

夫が起き出して植物に水をやりはじめた。子もじょうろに手を添えて一緒に水やりをしている。子どもは葉っぱが大好きだ。花も鳥も犬も蟻も。「男の子ってなんで電車が好きなんだろうね〜」と、電車好きの孫を見た実母に言われたことがあるが、たぶん身のまわりのすべてに興味があって、すべてが大好きなのだ。わかりはじめた2年目の世界は、おぼえたてのものが昨日と同じにそこにあって活動しているということだけで、ただうれしいのだ。たぶん。少なくとも彼の目を通してまわりを見るようになって、わたしはそう思っている。

掃除などをしていると10時になって、ぼちぼち公園にでも行こうかな〜と思っていたら夫が出かける準備をはじめた。2人ででんしゃにのって実家に行ってくれるらしい。「おっ」と思う。うちは家事育児に関して明確に分担を決めておらず、お互いの思いやり制でなんとなくおちついている。もしかしたら今日は朝に夫が寝ていたし、お昼寝後の時間に夫が出かけるため、わたしがアドバンテージだと思って得点を稼ごうとしているのか。やったー。子どもはいそいそと靴下を持ってきて玄関で待っている。

 

2人がいなくなったら、わざわざ洗面所でR&Bをかけながら髪をねんいりに巻いた。今日はカイロプラクティックにいくだけなので別におしゃれしなくてもいいのだが、せっかく時間ができたのでちょっと早く出て春服でも見てみようと、百貨店に立ち寄ってみる。ところが、目的のフロアにいる人はわたし以外全員おしゃれ。「服が好きなのです」というオーラがすごい。なにしろまだ2月なのに春の洋服を買いに来る人たちだ。地味に見える人でさえさりげない高級感のただよう装いをしている。フロアのあっちこっちに色彩豊かな服やら花が吊り下げられていて、おそるおそるさわってみると意外に生地がかたかったりするので驚いた。そうかと思えばひらひら頼りなすぎたり、たっぷり布を使いすぎていて生活の邪魔になるような気もして、着たいと思える服が見つからない。

もうずっと服が迷子だ。会社に通っていたころは一応、同僚のおしゃれな同年代女性などに見られても困らず、残業で苦しい思いをしても自分の気分をそれなりに上げてくれるような恰好を、毎日していた。人と顔を合わせ、会話し、お手洗いの鏡をみるたびそんな自分の姿を確認していた。それが2020年から在宅勤務になり、毎日気温のことだけを考えた服装で過ごした。その間に30代を迎え、妊娠・出産体型が変わり、子育てをして服に求める機能性が増えた。突然しゃがんだり走り出しても裾を踏んだりしない、とか。だけど今日わかった。わたしは、スカートやワンピースが好きだ。スカートを履いていないと気分が上がらない。なのに今日はカイロプラクティックに行くのでズボンだし、スニーカーだ。「いま、好きな服装をしている」と思えているかどうかって、さらにおしゃれしたくなるかどうかに影響するのだ。素敵な服が山ほどあるのに、着たいと思えない。

とぼとぼ家に帰って、途中で本屋に寄って1冊本を買って帰った。服を買いに行き、疲れて本屋に逃げこむことは、今日に限らずすごく多い。もう一生ネットでしか服を買えないかもしれない。帰ったらまだ夫と子どもが戻っていなかったので、日記を書いている。これからゆっくり本を読んで過ごすつもりだ。