耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

ミュージカル〈マーダー・バラッド〉感想

日曜日、ミュージカル「マーダー・バラッド」を観劇した。

私が観たのは関西公演の千秋楽。カーテンコールの挨拶で橋本さとしさんが開口一番、万感の思いを込めたように「マーダー・バラッドってこういうミュージカルだったんだね!!」と言ったコメントに思わず笑いながらも、頷いてしまう。演者も蓋を開けてみるまで毎回何が起こるかわからないという、ライブ感覚の舞台。

90分休みなく歌によってのみ運ばれていく物語で、たった4人のキャストがほぼずっと歌いっぱなしなのだが、観客の立場からいえば90分は充分満足できる尺だと思った。濃密で太く熱く、感情が凝縮した時間。ステージ上にまで座席が乗っている演出ということもあり、まるで観客はNYの街中やバーですれ違う男女の恋愛模様を横目で観察しているかのような、程近い身体的距離感だった。それでいてこれはまぎれもなくミュージカルで、物語が進むごとに私たちの感情面は深く彼らの心の動きにコミットしていく。その体験に高揚した。



「恋するようにできてる」というフレーズを含む歌(動画1:03あたり)が、私にとっては一番胸に突き刺さった。詳細なストーリーの記述は避けるけれど、サラは浮気女だし、トムは典型的なダメ男。それでも4人全員で歌い上げる、抗うこともできずに恋に落ちることのどうしようもなさ、に痛烈なまでの羨望を覚える。楽曲も歌声も外見も立ち居振る舞いも、ムードはどこか気だるげなのに全身が生きていることのカッコよさに満ち満ちている。決してハッピーなストーリーではない、それどころかむしろ泥沼なのに、一種のカタルシスのような痛快さがあるのだ。

幕切れ後、すぐにカーテンコールが始まる舞台は余韻に浸る隙がないことがときどき残念なのだが、「マーダー・バラッド」に関してはきちんとエンディング・ソングも用意されており、その歌詞の中でナレーターが提示するメタ視点的な詞にもにやりとした。90分かけて物語にどっぷり浸かった後、段階を踏んで日常という現実へ連れ戻してくれるのに最適なエンディングだ。

私の人生には絶対に起こり得ないし、こんな恋愛は物語の中に感情移入することでしか体験できないのだけれど、あんなふうに愛されたら…と考えてみるだけでとぞくぞくするようなスリルと快感が走る。エゴでグチャグチャになってしまうトムは、プライドが傷つけられたとか、サラを愛しすぎたとか、そのどちらでもありどちらだけでもなくてそれだけでもなかったのだと思う。
そして本番中はあんなに暗い目をしていた中川晃教さんが、カーテンコールではあんなにキラキラと透き通る目で手を振ってくれるという現実でまた幸せになる。

殺人を素材にしたストーリーと聞いて観る前はサスペンスのような物語を想像していたのだが、実のところ歌われていたのは愛と、その裏側に渦巻く幾多の感情だった。言葉よりもずっと雄弁に表現し、伝えてくるものがあるミュージカルという媒体の醍醐味を堪能した90分だった。