耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

2020年4月に読んだ本

ナタリア ギンズブルグ『ある家族の会話』 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

家族という最小単位の近しさでこそ通用する独自の言葉づかいがある。

「なんというロバだ!」「おまえたちにかかると、すべてがあいまいになる」などといった翻訳の親しみやすさと愛らしさに思わず微笑む。ユニークで奇抜な言葉選びと出会ったときの、なんともいえぬワクワクする感じは、読む楽しみを増幅してくれる。

この小説は、会話をとおして家族やその周りをとりまく人々の肖像を描き出している。作者の実経験に基づく題材らしいが、心理的距離の近い人を客観的に語るのは相当むずかしいものだから、こうしたやりかたが実は、人柄をもっともよく書き留めることができるのかもしれない。

日常は淡々と進む一方、やがてファシズムに席捲されたイタリアで、家族の生活は不穏な時代の波に飲みこまれる。読了後、わたしは長く付き合った友人に対するような感覚を、この本に抱くようになっていた。

読了日:04月05日


岩崎 周一『ハプスブルク帝国』 (講談社現代新書)
ハプスブルク帝国 (講談社現代新書)

ハプスブルク帝国 (講談社現代新書)

 

ハプスブルク史には手頃な通史がない」との思いから一般向けの読み物として構想された書とのこと。フィクションや芸術作品を入り口にハプスブルク君主国に関心を持った私にとっては、通史を読むことでこの国制の圏内に通底する(権威主義的・伝統を重んじるといった)精神性を感じ取れたように思う。有名なエピソードや人物の時代は知っていても、時系列でみると知識が欠落していた時期があるので、頭の中の穴を少しずつ埋めていく。

頭の中がごちゃごちゃになりそうな中欧の情勢の移り変わりを軸に13世紀以降の歴史を見ていくと、諸民族の独立国家ではなく連邦制による平和裡のヨーロッパ統合を、という思想が歴史に基づくものであることも腑に落ちる。

とはいえ、筆者があくまで「歴史的事実の評価は現代の視座からみた解釈でしかない」という立場に立っているのは勉強になった。第九章「ハプスブルク神話」に至っては、私自身もこの神話化されたイメージに影響されている部分を自覚させられる。

アイコン化した歴史人物を心に抱くことは別に悪いことではないと思っているけれど、一方で、イメージに引きずられて現代社会の政治のあるべき方向性を見誤ってはならない、というのは別に他国に限ったことではない。

読了日:04月18日


中野 京子『名画で読み解く ハプスブルク家12の物語』 (光文社新書 366) 

前出の『ハプスブルク帝国』とセットで読むつもりだったのだけど、こちらを先に読めばよかったかも。というのは、こちらの方がわたしのような一般読者の興味を引くようなおもしろエピソードが多く、とっつきやすい一方、続けざまに読むと内容に物足りなさを感じてしまったので。こちらの方が10年ほど古い本なので、そのあたりも気になる。10年もあれば歴史学上の認識もどんどん更新されるのだろうし。

とはいうものの、中野京子さんの著作はいつもながら美しいカラー図版付き、絵画そのものにフォーカスした描写の詳しさは筆者の面目躍如といったところで、権勢を誇った一族の負の側面を掘り下げることへの興味というのは尽きることがない。

読了日:04月30日


小笠原 弘幸『オスマン帝国-繁栄と衰亡の600年史』 (中公新書)  

ハプスブルク史を読んでいると頻出するオスマン帝国。高校時代まともに世界史を勉強していなかったせいで、地理的にどこにあるのかすらもわかっていなかったのだけど、中欧とはほぼ隣国といっていいほどの位置関係だ。

島国に住むわたしはつい西アジア・ヨーロッパ・アフリカを別々の地域と感じてしまうが、イスタンブルを中心に据えれば内海も含め3大陸がオスマンの勢力圏と見なされていたであろうと捉えると、少し視野が広がる。19世紀後半から20世紀にかけて欧州を覆った民族主義独立運動のうねりからはオスマン帝国とて逃れられなかった。そしてこの地域・民族・宗派独自の共和化を成し遂げた歴史の経験が、現在に繋がっているのだと理解する。

知識ゼロで読み始めたものの、文末索引や文中のページリンクも多数付加され、ほぼ600年もの長きにわたり専制政治を下支えしたアクターたちの変遷が分かりやすく、興味を維持したまま読み通せた。

王が即位するやいなや帝位継承候補となる兄弟を殺したり、殺さないまでも「鳥籠」に軟禁させる、側近は奴隷で固め生殺与奪権を握るなど、スルタンへの集権を強固にするための仕組みや工夫を示すエピソードも独特で、つい引き込まれる。外戚の専横を排除するため、身分の高い正妻の子よりむしろ奴隷の子が継承者として好まれる点などは、欧州の王朝とは対照的だと思った。

読了日:04月29日


船山 信次『毒と薬の世界史―ソクラテス錬金術、ドーピング』 (中公新書

世界史に対して毒と薬の果たした役割、というよりは、人類が毒と薬をとおして世界を発見していく道程についての本だった。そして人類はまだその途上にある。

化学薬品は人工物というイメージがあるけれど、そもそもは世界の理のようなものが先にあって、人類は少しずつそれを見つけていくだけ。理系の本を読むと、ときどきこういう感覚にとらわれる。

薬の摂取にリスクがあるのは確かだが、化学の進展がなければここまで生き残っていなかったかもしれないのもまた事実。生活と感情に気を取られていると忘れそうになるけれど、わたしたちは体内のミクロな世界で繰り返される化学変化によって生かされている、ということに思いを馳せる日々だ。

読了日:04月29日

 

今月のようす

四月はとにかくゲームに熱中していたので、小説を全然読まなかった。……と思って記録を見返したら、月初めに一冊読んでいた。毎日家にいるので、時間の感覚がゆがんでいる。暦の感覚が失われて、自分の精神生活に起きた出来事で時間を区切るようになっている。ポケモンを始める以前と以後で。

いつもの感覚でなんとなく思ったことを書こうとすると、今の時勢上、無意識に愚痴っぽいことを書きそうになってしまう傾向がある。いや、つらいと思っている人がつらいと言うのは(程度や種類は関係なく、人と比べることもなく)するべきだし、よくないと思うことをよくないと言うのも当然するべきだと思うのだけど。わたしの場合は別にそういうわけではなく、むしろずっと家にいられるのはラッキーというくらいで、ただ浮世に流されて厭世的な気分を右から左へ受け流すことに加担するというのはよくないなあと思う。

 

読書メーター

読んだ本の数:5冊
読んだページ数:1513ページ

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