耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

2022年11月に読んだ本とか

最近のようす

暑さも仕事も落ち着き、自分や家族の体調も悪くなく、わりとゆったり過ごせた11月。家のデスクのまわりを自分なりに整理したことで、ブログや日記を書いたり、テレワークの始業前にちょっと読書したりという時間の使い方ができるようになり、それが心の余裕にも繋がったと思う。こういうのって本当にちょっとしたことなんだな。

 

梨木 香歩『椿宿の辺りに』 (朝日文庫)

生きている時代や年齢が近い主人公(のわりには親近感を抱きにくい性格だが…)。心の奥底では大事だとわかっていても世事に紛れて蔑ろにしてしまいがちな事柄を思い出させてくれるような話だ。とはいえ歳を重ねれば重ねるほど、やっぱり蔑ろにしてしまいがちなのにも理由があるんだよね、ということも実感するようになってしまい…。土地の処理とか田舎の家とかね…。でもこういう「生活」のことを、別に丁寧でもお洒落でなくてもいいから、ただ一つずつきちんきちんとやっていこう、という気持ちにさせられるのが梨木香歩作品なのである。

梨木香歩作品に出会ったのはまだ10代になったばかりの頃だったのだが、いまだに時々新しい作品を読んだり、生活の中のふとした瞬間に過去の作品のことを思い返したりして「あれは、こういうことだったのかな」と思ったりすることが多い。漢方薬のように滋味があってじわじわと効いてくるかんじのある作風なのだ。

読了日:11月24日

 

高殿 円『上流階級 富久丸百貨店外商部 (3)』 (小学館文庫)

1作目2作目も面白かったけど、3作目が一番好きだった!仕事に家族に人生に、鮫島が悩んだ末に「これが私」という言葉を持って、ともすれば負の側面すらも引き受けるのが清々しい。そう、必ずしもパーフェクトではないところさえも受け入れることが、自分を肯定するってことなんだな。そして家にしても人生のイベントにしても、何にお金を使うか、どうやって使うかということは人生を表すし、だからこそ仕事や人生のパートナーにかんする悩みも絡んでくる。そのストーリーがテンポ良く綺麗にまとまっていて面白かった〜。

読了日:11月11日

 

河合 祥一郎『シェイクスピア - 人生劇場の達人』 (中公新書)

1〜3章はウィリアム・シェイクスピアの人生を辿る。それそのものが劇の題材になりそうなくらい面白いエピソードに満ちている、と思うのは、後半4〜7章で明らかにされるように、シェイクスピア自身の思想である「主観的」想像力に基づいて著者が記述しているためだろうか。
後半の解説は、彼の作品の書かれた時代の思想が作中の台詞や人物の言動にまで反映されていることがよくわかる。シェイクスピアのストーリーの面白さは普遍的なものだが、登場人物の行動に対して現代の私が理解し何かを感じ取るためには、当時の主流であった思想や人々の考えかたを押さえた上でみる方がより面白く観られるだろう。これだけの内容を自力で勉強しようと思えば相当難解な書を大量に読み解かなければならないと思うと、平易かつ芯を捉えた文章で新書にまとめていただけているのが大変ありがたい。実際の観劇の際にも助けになるだろう。

読了日:11月26日

 

坂井 孝一『承久の乱-真の「武者の世」を告げる大乱』 (中公新書)

大河ドラマきっかけで手に取った本。著者の坂井氏は『鎌倉殿の13人』の考証にも入られている。ドラマは文句なく面白いのだけど、やはりフィクションだから端折られていたり脚色されている部分もあるなあと。特にこの本は後鳥羽上皇側がどのように考えて何を目指して政を行っていたのかという点が分かりやすかった。壇ノ浦で神器が失われてしまったことも一種のコンプレックスのようになり、後鳥羽上皇が文化の巨人と呼ばれるまでの八面六臂の活躍ぶりを後押ししたようだと聞けば、何が作用して世の中が動くか分からないものだとつくづく思う。

読了日:11月21日

 

エリザベス・ストラウト『私の名前はルーシー・バートン』 (ハヤカワepi文庫)

人生の中に断片的に転がっているいくつかの記憶。それだけではあまり意味のない出来事を繋げて、意味を見出すようになる。なにがしかの解釈を人生に与えて、納得する。わたしたちは多分、歳を重ねるごとにそういうことをするようになる。
『ルーシー・バートン』はひとりの人の人生というよりも、母と、娘である自分の関係に対してそれをしようとした小説だと感じる。
貧しく苦しい家庭環境にあった子ども時代。深い愛着を感じていた母という存在が、いつのまにかひとりの他人に変わっていく過程。そして自分自身が、母や故郷の田舎を離れて都会で暮らすうちに別の人間になっていく。閉じ込められたトラックの中で蛇に怯えていた少女が、自分をさらけ出す覚悟をして「ルーシー・バートン」として立ち上がれるようになるまで。
後半にいくにつれて星と星が繋がって形が見えるように少しずつ一人の女性の人生の輪郭がみえてくる。きっと現実の人生もそうだろう。
ページ数は少ないものの重厚な読書だった。

読了日:11月03日

 

今月の観劇

11月は今まで見逃して後悔していたミュージカルを観に行けました。他にチケットを買っていた公演が中止になってしまってショックを受けたこともあったけど、本当にこれは観に行けてよかった。本当によかった。

sanasanagi.hatenablog.jp

感想記事には書ききれなかったのだけど、合唱の声の圧や、さりげなくセットを動かすアンサンブルキャストの方の動きなどを見るにつけても作品への気概を感じてうるっときてしまうほど、わたしにとって幸福な観劇でした。