耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

2023年11〜12月に読んだ本とか(2)~ソ連編~

先月までに読んだ本についてダラダラ書く会、長くなったので続きです。

 

 

横手慎二『スターリン 「非道の独裁者」の実像』

10月にミュージカル「アナスタシア」を観てその後のロシアはどうなったんだろうということが気になり、積んでいたスターリンを読みました。彼が確固たる地位を固めた後の粛清や工業化政策、徴発により人的に引き起こされた飢餓で大量の死者を出した事実には身の毛がよだつ。青年期に革命の現場に身をさらしてきたからこそ大衆を知悉しており、それゆえに寄り添えるというわけではなくむしろ見下すような目線になっていくのが怖い。

途中でスターリンの本棚整理術みたいな下りがでてきて面白かったのだが、概して知的レベルの高い人間ではあったわけですよね。その権力欲はエリート的な優越思考と、現状を変革せねばという危機感の両輪から至ったように読めた。高い理想を実践に移せるだけの知的能力の高さを待ち合わせていたからこそ、合理的に大衆を動かすためには権力を握るのが手っ取り早かったという……。

あと出版時点(2014年)の状況で、ロシア国内の歴史学者の間でのスターリン評価が割れているという指摘も興味深かった。つまりスターリンを一定肯定的に評価する学者が学界で地位を獲得していたということ(もちろん反対を表明する学者の存在についても記載がある)。莫大な数の命を犠牲にした利の上に自分たちの現在があるという葛藤があり、そのために歴史の評価軸がぶれてしまうことと解らないでもないものの…。とはいえ外側にある国がそれを単純な二元論に図式化して判定を下すこともまた議論を硬直化させるように思うし。

 

リュドミラ・ウリツカヤ『緑の天幕』

こちらはスターリンが死んだ年から始まる物語。著者と同年代の登場人物たちが10代の子どもだった頃から、文学に出会い、変わりゆくソ連の中でどのように生きてきたか、ソヴィエトという重い影がどのように人生に暗い色を落としてきたのか。

10代の彼らにとって政治なんて自分の生活の重大事ではなかった、という時点で物語が始まるのがポイントで、巨大な国家の中でも人にはそれぞれ異なる個別の人生があり、どんなことを感じてどんなふうに生きてきたかが別の国の別の時代に生きる我々にも共感をもって感じられる小説だった。

全体を通じて文学と、音楽や芸術や科学への深い愛、ロシアとその周辺国の自然への誇りに満ちている。一方、それらに出会ってしまい体制に迎合できなくなった、善良で平凡でちっぽけで知的な人びとが、強大な権力と良心との狭間で苦悩せざるをえない立場に追い込まれてきた事実の残酷さを痛いほどに感じる。

いくつかのエピソードを配置した群像劇の構成ではあるものの、それぞれの人生を説明するのにあたって時系列ではなく先に顛末を示してしまう書き方が特徴的だった。最初は子ども時代から始まることもあり、牧歌的に平穏に人々の生活に焦点を当てた小説なのかと思いきや、少しずつカメラのアングルが後ろに引いていくように俯瞰して社会の全景を見せていく構成。社会そのものが変化したことを書いているというよりは、彼らが成長したことにより、否応なく社会の構成員としてみなされざるを得なくなったということなのだと思う。

独裁者が去ったからといって社会全体が劇的に変わるというようなことはなく、暗く大きな影のようなものは変わらずにずっとある。強大なものに対峙してきた人たち、昔も今も、小さな力であっても抵抗し声を上げてきた人たちの、そうでなくても奇妙でユニークで美しかった人生。普遍的であると同時に、今の時勢でこそ読まれるべきとも言える本だと思う。

 

黒川祐次『物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国』

『スターリン』と『緑の天幕』を読んでいて、ソ連のもとで弾圧されていた少数民族や、そもそもユーラシア大陸の大きな歴史の流れ、20世紀のシオニズム思想やら、わたしはなんも知らんな〜と思い(『緑の天幕』を読むまで、第二次世界大戦後に欧州にいたユダヤ人たちがどこへ行ったのか、それが今現在のイスラエル紛争にもつながっていることを恥ずかしながら認識しておらず…)、とりあえず手に入りやすく読みやすかった本を。

著者は過去に駐ウクライナ大使を務めた方で、本書は2022年の開戦以前に著されたもの。ウクライナの経済的・地政学的重要性が記されているのと、そもそも現在のロシアが何でウクライナに侵攻する正当性を主張したがるんだろうねみたいなところをいまさらながら漠然と知る。ソ連の一部だったという以前に、国の起源からして共通していたということ、地政学的な重要性、ウクライナとロシアの間で解釈の異なる条約問題があるということ等のポイントが分かりやすかった。

時勢的な問題は別として、ところどころに後世まで残る文学や音楽などの芸術の題材になったエピソードや土地との所縁を紹介してくれるので、頭の中で点と点がつながっていくのが読みやすくて楽しかった。「屋根の上のバイオリン弾き」って市村正親が出てるミュージカルポスターのイメージしかなかったのだけどウクライナのユダヤ人社会の話だとは知らなかったな〜。