耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

2020年6~7月に読んだ本

今月のようす

1ヶ月前のことがものすごく遠く感じられるのに、何をしていたのか思い出せない。めりはりのない日々…。でもこうしてライフログや日記をつけているのを読み返すと、無為に時間を過ごしていたわけではないし、部屋の本棚にはすぐに旅立てる別の世界が待っていてくれることを思い出して安心できる。

 

中野 京子『名画で読み解く ロマノフ家 12の物語』 (光文社新書
名画で読み解く ロマノフ家 12の物語 (光文社新書)
 

エカテリーナとエリザヴェータをごっちゃにするレベルの無知さだったのだが、たいへんにおもしろくて寝る間も惜しんで読んでしまった。肖像画というビジュアルがあり、はっきりと人物の特徴を打ち出してくれるのでキャラクターが頭に残りやすい。
筆者も述べている通り、同シリーズのハプスブルク家とは趣が異なり、300年も続いた皇帝一族のお話なのにどうも血の気が多く、やることなすことが極端という印象(そのようなエピソードばかり抽出しているにしても)。
トルストイの『戦争と平和』では閲兵した兵士たちを感激させていたシーンが印象深いアレクサンドル1世だけど、晩年のアレクチェーエフ政権下の屯田制度(の失敗)についてはあまりの不気味さに衝撃をうけた。為政者の評価は同時代人の印象ではなく歴史が行うということを改めて思う。

読了日:06月03日

 

チェ・ウニョン『わたしに無害なひと』 (となりの国のものがたり5) 
わたしに無害なひと (となりの国のものがたり5)

わたしに無害なひと (となりの国のものがたり5)

 

読んでいると苦しくて、少しずつ進んだ。わたしが過去に他人にしてきた、…というより「してこなかった」ふるまいや言動を思い出すから。不器用で臆病で薄情なまま、いつまでも取り残されている深層の記憶。自分のどうしようもなく欠けている部分に付き合って生きていくのが辛い‬。そして相手もまたそうした苦しみを抱いて生きているのかもしれないと、簡単に忘れてしまうことも。
でも、そんなふうに感じているのが自分ひとりでないと思わせてくれるから、この本はわたしにとって大切な一冊となった。どうして本が好きなのか、思い出させてくれる本だった。

読了日:06月04日


イ・ギホ『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』 (となりの国のものがたり4) 
誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ (となりの国のものがたり4)

誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ (となりの国のものがたり4)

  • 作者:イ・ギホ
  • 発売日: 2020/01/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

最後から2番目の短編『ハン・ジョンヒと僕』を読んで、「自分だったらこの少女に何と声を掛けるだろう?」と考えたとき、反転して「理想の中の自分がこの少女に掛けたい言葉を、現実の自分が他人に相対したときに本当に発せられるのか?」という疑問が浮かんできた。それでこの、なんだか冴えなく思える作者自身が作中に登場する意味が分かってくる。
たとえ物語を読んで、いくら自分の中の正義や善良さの基準を強固にしても「真実が目の前まで来た時に」実際の自分がどう動けるかという事実の間には乖離がある。プライドや人目、集団の中で醸成されたなんとなくの空気などが明確に言語化されないままに、個としての自分の行動基準をしばしば凌駕するから。この本の中では情けない書き手の姿を通して、そうしたズレが白日の下に晒されてしまうのだ。

読了日:07月01日

 

アン・パチェット『ベル・カント』 (ハヤカワepi文庫)
ベル・カント (ハヤカワepi文庫)

ベル・カント (ハヤカワepi文庫)

 

パーティの最中に副大統領の豪邸を占拠したテロ集団、しかし目的の大統領は国民的人気のテレビドラマが見たいために不在だった……。
いささか滑稽な手違いから、数週間もの共同生活を強いられることになったテロリストと人質たち。音楽やチェスやテレビ視聴、そして語学の勉強といった一見暇つぶしのような活動を通して、俄仕立てのテロリストと人質が心を通わせるようになっていく描写は牧歌的とも取れるが、期せずして多くの人々が閉じこもって生活を送る現在の社会情勢をみているために奇妙な親近感を覚えながらこの小説を読むことになる。
自分も一緒に共同生活を送っているかのような親しみを感じながら読み進めていただけに、結末は受け入れがたく、誰かもっと前向きに未来を希求する行動を取ってもよかったのではと苛立ちを覚える。でも、実際長らく安全な屋内にこもって生活していると、この起伏のない暮らしが永遠に続いてくれるような錯覚に陥るのは確かではある。
ステイホーム期間に読むにふさわしい(?)ある種の引きこもり小説。

読了日:07月05日

 

シャーリィ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』 (創元推理文庫)

引きこもり小説その2。海外少女小説好きの間で熱っぽく語られることの多いシャーリイ・ジャクスンなのでずっと気になっていたけど、確かに大変おもしろい小説だった。かつては愛されていたはずの豪奢なお屋敷、不穏な愛、女の意志が狂気と捉えられてしまうこと、というあたり、なんとなく『レベッカ』『レイチェル』等のデュ・モーリアにも近い雰囲気も感じる。
途中からは時間の流れが曖昧になり、最終的には姉妹の生死すら朧になる。心理サスペンスや幽霊譚とも取れるし、女が家というものに復讐して好きに生きる話とも思えるし、人間が何度も繰り返してきたような大衆の暴走の歴史とその後の社会による贖罪、つまり姉妹は祀られている存在、という示唆も感じる。
解説やほかの人の感想に書かれているような恐怖や気味の悪さというのは、実はわたしはあまり感じておらず。読後に他の人の感想を読んでいて、自分と全く違う捉え方をしている人も多くて面白かった。
わたしはひたすら語り手メリキャットに感情移入して読んでしまっていたので、一読したときはこの結末は世界に対する姉妹の勝利だと思った。姉妹は最初から最後までずっとお互いを愛しているし、これからもずっと二人で幸せに暮らすのだ、と。

読了日:07月12日

 

ダフネ・デュ・モーリア『いま見てはいけない (デュ・モーリア傑作集)』 (創元推理文庫

続けてデュ・モーリアも読みたくなり積読を崩す。旅先での不穏で奇妙な体験をモチーフに編まれた短編集。旅の宿で眠るときの、腹の底が少し浮いたようなふわふわした感覚を思い出す。終わりがどこに落ち着くのか分からない緊張感の中で読み進めている時間が一番面白かった。
怪奇小説のような趣もあるけれど、非日常の中で炙り出される自分対他人の人間関係の無慈悲さ、冷たさと、それに直面したときの心理描写も味だと思う。

読了日:07月26日

 

ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』 
十二月の十日

十二月の十日

 

「ほぼ全員がダメな人たち」(訳者あとがきより)の登場人物たちだけど、そのダメさ加減や情けなさには共感を覚えるし、コントみたいな展開やオチがおかしくて笑いがこぼれてしまう。でも最後には、彼らが彼らなりの自我や愛情を抱えて精一杯やってる、生きてるんだなあということにじーんと感じ入ってしまいもする。『スパイダーヘッドからの逃走』『十二月の十日』が特に好きだった。そして原文が一体どうなってるんだろう?と思わせる訳文の妙もたのしんだ。

読了日:07月24日

 


読書メーター
読んだ本の数:7冊
読んだページ数:2415ページ

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