須賀 敦子 『ユルスナールの靴』
旅行中の機内で読んでいて、まるで私自身も彼女の足跡を追う旅に出ているかのような思いにとらわれた。ユルスナールの生き方に自分の旅路を重ねた著者の文章から、私自身の思念の端緒を見出そうとするのは全てにおいて及びもつかず恐れ多いのではあるが、これから数十年の不安を抱えながら生きることを思うときには、こうした精神の逍遥の記録が心の支えとなってくれるような気がする。
実は須賀敦子を読むのは初めてなので、今後とも折を見て読んでいきたい。
読了日:08月02日
梨木 香歩『不思議な羅針盤』
以前に一度読んだのに誤って2冊目を買ってしまった。初出は2007〜2009年に雑誌「ミセス」に連載されていたエッセイだそうなのだが、書店でぱらぱらとめくったときに驚くほど今この時点の社会の憂いを言い当てているかのように感じ、「呼ばれて」しまった。
話題は多岐に及ぶ。特に最近は植物を育てることに関心を持ち始めたばかりのわたしは、梨木さんが庭で大繁殖したミントの葉をさっといなすように乾かしてお茶にしたりなどする振る舞いにしびれるほど憧れた。「ものとの付き合いは、自分と世界との折り合いの付け方の一つの象徴的な顕れでもあるように思う。」「目的に沿ったやり方というものはあっても、正解なんてものはない。その人らしさがあるだけだ。」植物、生き物、暮らし、他者。そのひとつひとつへの向き合い方を考えてこられた方の言葉だと思えば、自然と身が引き締まる思いがする。
読了日:08月15日
夏目 漱石『行人』
前半の結婚という社会システムの奇妙さに言及する下りには現代と通ずるものを感じて引き込まれた。一郎の苦悩は三世代で同居する家庭内の疎外感から拡大し、自分という知識階級の人間の生の意義と幸福への迷いに転じていく。
私はこの小説では嫂(あによめ)に注目せずにはいられない。語り手の兄一郎と嫂の相性の悪いのは確かだとしても、互いに幸福になれないことで相手に復讐しているかのような嫂の態度、そしてそれに気がついていながら当時の「夫婦」という上下関係に縛られ対等に向き合うことのできないままでいる二人の関係性に哀しみを覚える。
読了日:08月15日
フランクル『夜と霧』 新版
- 作者: ヴィクトール・E・フランクル,池田香代子
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 2002/11/06
- メディア: 単行本
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なによりも胸打たれるのは、強制収容所の被収容者という極限の中にあってもいかに生き、いかに苦しみ、いかに死ぬかという問いの中にみずから身を置く魂の高潔さ。当然ながら、このような愚かしい苦しみに、人が人を突き落とすことが二度とあってはならない。本著は収容所から帰還した精神科医の手記であると同時に、生に苦悩する人びとへの、より普遍的なメッセージを孕んでいる。どんな極限状態にあっても、人間は「世界はどうしてこんなに美しいのか」と感じられると信じていたい。
読了日:08月16日
ラッタウット ラープチャルーンサップ『観光』
- 作者: ラッタウットラープチャルーンサップ,Rattawut Lapcharoensap,古屋美登里
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/08/30
- メディア: 文庫
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わたしは今まで観光するための旅行しかしたことがないのだが、その地を訪れてもそこに住む人たちのことを解ったと思うことは決してできないのだといつも感じる。観光客にとっての非日常の周縁には、彼らにとっての深くて広い泥濘のような現実の日常生活が存在している。そしてその現実とは、わたし自身がやり過ごそうとしている人生に似ているのかもしれない。そう感じることは癒しでもあり、哀しみでもある。
全編質の高い素晴らしい作品集で、これは是非長編も読みたいと思ったのに、訳者あとがきによればラープチャルーンサップが今どこで何をしているのか、エージェントですら知らないという……。
読了日:08月18日
ダイ・シージエ『バルザックと小さな中国のお針子』
文化革命下の中国。「再教育」のため山岳地帯の農村に送られた知識人の息子、羅と馬剣鈴。絶望に打ちひしがれることなく若々しいパワーをみなぎらせ、体制の目をかいくぐっていこうとする印象は痛快。彼らの本、ひいては豊かな文化の海への渇望は、切なさと共に、人間の知的好奇心というものへの希望をも感じさせる。一方「小さなお針子」小裁縫が遂げた精神的自立は、本がもたらした恩恵であると同時に、誰もが陥る「教育者」の傲慢さを諌めてもいる。
読了日:08月24日
山崎ナオコーラ『ブスの自信の持ち方』
これは、容姿によって生きづらさを抱える人が自ら工夫して耐え抜いていこうという話では断じてない。この社会がどうしようもなく抱える差別と人権に関するエッセイだ。ブスという言葉に抵抗を覚える人も、差別なんて自分には関係ないと思う人も、これを読んで何を考えたか聞いてみたいと思う。社会が抱える問題について二項対立をつくり勝ち負けを決めることに意味がないというのは私も本当にそう思っていて、ただ各々の対話の力を高めることでしかそういう負の連鎖はなくなっていかないと思うから。
読了日:08月25日
ツヴァイク『人類の星の時間』
- 作者: シュテファンツヴァイク,片山敏彦
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 1996/09/20
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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人類の歴史の中で輝きを放つ「星の時間」。それは人間という存在の重さを決定づけるものでもある。たったひとりの行動選択さえもが世界史を動かし得るし、また、そのひと時の意志が後々まで人びとの胸を打ち、背中を押す。ここに描かれている人物たちは、まるで自らの行為が私たちに力を与えることすら見通していたかのように、驚くべき力強さで立ち上がろうとする。そしてその精神を浮き彫りにする壮麗な文章には圧倒されるばかりだ。
読了日:08月28日
アリス・ウォーカー『カラーパープル』
奴隷解放後のアメリカ南部。黒人女性のセリーは性的虐待の末の妊娠、望まない結婚生活を強要される。妹のネッティーはアフリカに渡り、原住民社会の女性蔑視や白人入植者の横暴に直面する。二人の精神の変化が書簡体で克明に描き出される。苦難に対する態度は、受容から怒りへ。差別の問題は次第に人間の生き方の問いへ拡大していく。他人への悪意、信じること。特定の宗教ではなく、自分なりの神の姿の発見や精神的な自立を経て、他人から押し付けられた境界のために憎しみ合っていた者たちが真に他人を愛する方法を築く過程は感動的だ。
読了日:08月31日
今月の様子
いつもは秋ごろに一週間休暇を取って海外旅行に行くのだけど、今年は初めてお盆に一週間休みをとってみた。エアコンのきいた部屋で本を読みながらウトウトする生活……。自堕落なことを書いてしまい恐縮です。しかし結婚してから全然読書をしていなかった夫も一緒になって本を読みだし、夏休みが終わっても読書習慣が続いているようなのはうれしかった。
▼2019年8月の記録
読んだ本の数:9冊
読んだページ数:2826ページ