耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

日比谷シャンテにある本屋さんに行った。

日比谷シャンテ、ネットでミュージカル情報を求めているときによく見かける名前だったのでなんとなく憶えていたが、昨年まで東京に住んでいなかったわたしは、シャンテのことをさほど気に留めてはいなかった。だがこのたび、好きな作家の川上未映子さんがトークショーをするというので、たまたま今年は東京に住んでいるわたしはそのイベントの開催場所がシャンテという場所に結びつけられたのを見てよろこんだ。じっさいにはそのトークショーは18時からで、18時過ぎまで仕事をしていたわたしは最初から参加することはできなかった。けれど本屋さんの棚を端に寄せて作りだしたオープンなスペースで開催されていたそのトークショーは、その周囲の本棚をながめる客のふりをしながら聞き耳を立てることもできた。

シャンテに新しくできたばかりだというその本屋さんは、いるだけでものすごく楽しかった。さすが劇場街の近隣だけあって、宝塚棚だけで5~6台くらいあるし、ミュージカル棚も3台くらいあるし、どこに売ってるんだかわからなくてネット上でしか存在を知らなかったエリザベートの関連本とか、『えんぶ』とかふつうに置いてあるし、そんな夢のような空間で本棚をながめながらふらふら歩いていると人にぶつかりそうになって「すみません」と思ったら『シラノ・ド・ベルジュラック』の扮装をした黒木瞳さんの等身大パネルだし、ミュージカルの原作本やミュージカル映画のDVDが当然のようにずらりと並んでいる。
本の充実度でいったら都内の大型書店にはぜんぜんかなわないのだが、それにしてもオースティンの本と映画DVDばっかりが陳列されてる「オースティンの柱」みたいなのがあるし、なんかかわいくて何に使うのかわからないお花の閉じ込められたガラス瓶みたいなのと江國香織の文庫本が一緒に並んでたりするし、ピンクと白と水色を基調として装丁された文庫本がずらりと面陳された棚とか、「ふわふわ」「だらだら」「てんやわんや」とか表紙に書いてる本ばっかりの棚とかがあるし、かわいいデザインとか配色の本を、デザイナーでもないのにやたら眺めたくなったり、家でティータイムを楽しむときの心得本が気になったり、いっぽうでいつもは手に取らないビジネス関連本や生き方の本やらが気になり始めたり、本を売るという役割はおなじで売っている品物がおなじだとしても、本屋という場所はこれほどまでに店舗によって「買いたい」気持ちを湧き起こさせる力がちがうものなんだ、とつくづく思った。いるだけでたのしくなって読みたい本がありすぎて、目移りしまくって店内をぐるぐるぐるぐるマグロのように周回するうちにいつのまにか閉店時間になっていた。

たぶん、わたしのような人間は、あの本屋さんのターゲットとなる主要購買層のどまんなかなのだと思う。そういう場所が、こんな日本のどまんなかにあるというのは、それだけで心が弾むほどうれしいことだ。普段、ルールやあるべき論や金と酒と上下の人間関係のことばっかりしゃべる男たちに囲まれて、会社と家の往復をする生活を送っていると、わたしの趣味というのがだれにも分かってもらえないことみたいに思えてくるから。そんなことはない、全然そんなことはなかった。わたしが何かを好きとかいいな、と思う気持ちを、同じように自分のなかに大切に抱いている人は世界にたくさんいて、好きな生き方を応援してくれる本がある。こういう気持ちをすこしずつ広げてくれる本がある。また日比谷に行く機会があったら(少なくとも来月予定がある)、ぜひ立ち寄りたい。