半年ぶりくらいで劇場に訪れて、この作品が大変広く深く愛されているのだという熱気をひしひしと感じた。
あたたかい愛に満ちた素晴らしい感想がすでに世の中にたくさんあるので、それを読むだけでも満足してしまって、改めて何か書こうとしてもうまく書けないでいたのだけれど、やっぱり書き残しておきたくて書く。
今回ローラを演じた城田優さんのことは、わたしのミュージカル観賞が趣味となるきっかけになったぐらい好きな存在だ。全てを追えているわけではないが、ライトなファンではあると思う。この役を引き継いだことで、他の役とはちがう気負いや重圧があったのではないか、ということはわたしなどには全く至らない想像をすることしかできないのだが、実際に舞台に立っているローラの姿を見た瞬間、そういうカーテンの向こうの心配は吹き飛んでしまった。
圧倒的な華やかさと、外へ向かう感情をキラキラと世界に放っていくみたいな歌声。この人はみんなの中心でワイワイといっしょに作り上げて楽しそうにしているのがやっぱり一番似合う。出てきた瞬間に周りがパッと明るくなり、みんなが嬉しい気持ちになる。そんな存在なんだ、と改めて確認して、うれしくてしあわせで泣いた。
ラスト前の老人ホームのシーンにはとりわけ胸をうたれた。他のだれでもなくあなたに受け入れてほしい、という感情が伝わってくるようで。だけど同時に、「たとえ誰にも受け入れられなかったとしても、わたしはいまのわたしを受け入れられている。だから大丈夫だよ」っていうメッセージにも見えて。
このローラが存在してくれて、わたしに出会わせてくれてありがとう、と思った。
わたしは城田優の「ありのままの僕を受け入れてほしい」からこそ「自分の個人的な部分をオープンにする、自分から他人を愛していく」ところが彼の魅力の奥底にあるものだと思っていて。
だけどその見返りを他人に求めて、不器用さゆえにうまくいかなくてぐちゃぐちゃになっちゃうような役じゃなくて、これ!!こうして自分のひとつの答えに辿り着く人の役が見たかったんだよー!!って心から思った。
チャーリーってなかなか結構なことをローラに言ってしまっていますよね。正直あの留守電の謝罪でチャーリーを許せるかどうかというと「うーん」なのだろうが、しかしそもそもローラは、もはやチャーリーのことを許せるかどうかもあまり関係がないような気がしている。
たとえ信頼した友人に傷つけられたのであろうと、わたしのことはわたしがわかっているからそれでいい。どんな他人であってもわたしは受け入れるから。
ローラ自身がもっていたそういう信念を、チャーリーやドンや、プライス&サンのチームと出会ったことで、改めて一段階ステップアップさせた。そういう話だったように思えた。
ラストシーンをみながら、こんなに明るくてハッピーなミュージカルなのに泣いてしまうんだろう、と思っていた。
きっとそれはただ楽しくて明るいだけじゃないからだと思う。
間違いなくパワーをもらえるのは、この作品の大きなメッセージ「なりたい自分になる」ことが簡単じゃないってこともまた、同時に気づかせてくれるから。それなのに、このキラキラした舞台の上の世界の中なら、完璧に実現しているのを見せてもらえたから。
他人には前向きで明るく生きてる姿しか見せないドラァグクイーンだってそう。それを演じたり支えたりするミュージカルキャストやスタッフだってそう。過去や裏側には、心が折れたりわかりあえなかったり高い壁に言葉を失ったことだってあるだろう。
それでも、今はそれぞれが自分なりのかたちで乗り越えてそこに立っている、ということが伝わってくるからだ。
作品をずっと愛してきたお客さんたちだって、それぞれの人生の中でこの作品に出会えたことがきっかけで励まされたり勇気が出たりしたことがあるのだと思う。
なりたい自分になろうと思ったら、どこかで自分の力でぐっと踏ん張ってやらないといけないことが絶対にある。みんなそれを知っている。
だからそんなふうに目の前で頑張ってる人を見て、あたたかい気持ちになるし応援しようって思うんだろう。
みんなが持っている赤い靴や服や、キンキーブーツのロゴ入りグッズは、決意表明の証でもあるのかもしれない、と帰り道を歩きながら感じていた。
この作品から受け取ったメッセージとともに、これからの生活をまた踏み締めて、歩いていくということの。