耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

2016年の読書メーター

あけましておめでとうございます。

昨年の読書メーター投稿のまとめです。

毎年、一年に100冊の本を読むという目標を掲げてはいるのですが、達成できたことがありません。
2016年は72冊だったみたいです。
読書メーターにはコミックスを2冊登録しているので、実質は70冊)

実際には冊数にこだわっているというわけでもなく、目標を持っていたほうが読書時間を意識的に取るようになるという理由で設定しているもので、達成できていないこと自体はいいかなと思っています。
趣味でやっているのに、数字を増やすためにすぐ読了できる本ばかり読んでもつまらないですし。

しかしそれにしては11月、12月は仕事で帰りが遅くなったり、周囲に流されて婚活をしていたり、『戦争と平和』に手を出したりという理由であまりはかどらなかったのは残念でした。

あとは、読みたいと思っているハードカバーの新刊書が一日も早く文庫化してくれることを祈るばかりです。


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読書メーターまとめ
読んだ本の数:72冊
読んだページ数:24840ページ
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困難な成熟感想
赦しは裁きのあとの話。人を疲弊させる労働とは生産でなく制御のこと。日ごろもやもやと考えている物事にシンプルな回答が与えられるので、目が覚めるような思いがします。「僕の生きた経験はそのすべてのリアリティごと僕といっしょに死ぬ。それでいいじゃないかと思います。」この文章を読んだ瞬間、いやだ、と思いました。とはいえこれはある意味反語的な文章なのでした。たとえそういうものだとしても、惜しむ気持ちはなくしたくない。だからこそ他人に与えること、なにかを生産し、次へ伝えることに必死になれるのだと思いました。
読了日:1月2日 著者:内田樹
ある奴隷少女に起こった出来事感想
奴隷制がなければ、彼はもっと良い人間になれたし、その妻ももっと幸せな女になっていただろう。」善悪の判断を社会がそれを容認しているか否かに頼るのは、人間として普通の行動です。それでも、ときには立ち止まって自らの行為を吟味することのできる人が強いのだと感じます。そして、環境によって人はいくらでも強くなることができるのではないかとも思わされました。置かれた場所に対する憤りを、世間の目や圧力にも屈せず書き残した、彼女の"行動"こそが今へ繋がる道を開いたのでしょう。
読了日:1月3日 著者:ハリエット・アン・ジェイコブズ
君に届け 25 (マーガレットコミックス)感想
風早くんは恋をする相手として理想の男の子だとずっと思っていました。理想的な「少女漫画のヒーロー」。でも少女漫画の典型的な結末が、主人公の二人が付き合うか否かで終わっているのに対し、本作はむしろ付き合い始めてからが本番でした。脇役エピソードを織り交ぜながらとはいえ、彼氏彼女になった二人の関係性を、あくまでプラトニックさを保ったまま、描き続けていくことに本作の特異性があります。風早くんは理想の男の子なんかじゃない。ヒーロー的な性格を帯びた、未完成な一人の10代の男の子だった。そんな風に感じた25巻でした。
読了日:1月9日 著者:椎名軽穂
存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)
読了日:1月10日 著者:ミランクンデラ
星々の悲しみ (文春文庫)感想
こどもの頃、大人は万能だと思っていた。なんでも知っていて、失敗はしないし、理不尽に憤ってわあわあ泣いたりしない。だから早く大人になりたかった。いつのころにか、大人になるというのが、私の中に思い描いていた「万全ななにか」になることなどではないと知った。もっと哀しくて、豊かなものだと今は思う。侘しさも厭らしさもやるせなさも裏切りも情熱も悔恨も、すべてを感じていられる人間でいたい。本書を読み、そう感じた。
読了日:1月20日 著者:宮本輝
不思議な羅針盤 (新潮文庫)感想
梨木さんの書くものの根底には手ざわりのある生活実感がある。ありのままの人間としての私を受け止めてくれるようである。社会の圧迫の中でなにかを懸命にかきわけて前に進もうとするうちに、自分では気づかないどこかに生じたひずみを、調えてくれるような感覚もある。便利なものは利用すればよいし、無理をしてまで自分の手仕事にこだわりすぎることもない。それでも、自分の身の回りのことに充実感を持てるような暮らしがしたくなってくる。「五感を開く」ことも「プラスチック膜」も、自分を保ったまま生き延びるための技術なのだ。
読了日:1月24日 著者:梨木香歩
人生を面白くする 本物の教養 (幻冬舎新書)感想
著者は人生を充実させるための手段として、知識と考える力を両輪とし教養を育むことを説いている。なかには無意識に行っている事柄もあるのだが、こうした書を読んで生活に組み込むように意識するだけで充実感がずいぶんと違ってくる。また、著者の知恵袋から小技を教えてくれるのもお役立ちだ。世界の中での自国、世間の中での自分の立ち位置を知るごとに焦りばかり募るけれど、劣っている箇所を言い立てるだけでなくて、未熟であることを冷静に受け止めた上で、これから伸びる余地はがどこにあるのか、ということを考えればいいのだと思った。
読了日:1月24日 著者:出口治明
百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)感想
正直なところまだ消化不良だ。というよりは、口にしたことのない南米の不可思議な食べ物を飲み込めずにずっとかんでいる。生暖かくて幸福な味のする。温度の高い孤独というものもあるのだと思った。それが常に絶望ではないことも。
読了日:1月27日 著者:ガブリエルガルシア=マルケス
不愉快な本の続編 (新潮文庫)感想
「なぜとか意味とかが大キライ」と言いながら、終点まで意味を求めてしまう弱さ。たとえば「フランス語を生かせる仕事」に就いて大好きな布地を毎日さわる仕事でもして人生を食い潰すにしたって、結局は社会と折り合いをつけてやりすごすだけのことで、退廃的な生活を送るのと同じことだっただろう。井戸に落ちた芋虫が海で死んで標本になる。モノとして無になるのではなくコトとして不愉快な本の続編になれるとしても、このラストには救いはないような気がした。だって、どう生きようがみんな同じところへ行きつくんだよって言われているみたいで。
読了日:1月29日 著者:絲山秋子
春琴抄 (新潮文庫)感想
「佐助は此の世に生れてから後にも先にも此の沈黙の数分間程楽しい時を生きたことがなかった」後にも先にも、ということは視覚のある時期に春琴の手曳きをして梅見をした時、他人には見せない生活の世話までも行っていた時、あるいは視覚を失った後に溺れる官能の時、観念の中でのみ愛するようになった晩年、いずれの時よりも「此の沈黙の数分間」が楽しかったのだ。まさにそれが最愛の人と唯一通わせ合っていたと心底信じられる瞬間だったからだ。残りの人生においては佐助の心の向かう先は「此の世」にはなかった。
読了日:1月30日 著者:谷崎潤一郎
マーチ博士の四人の息子 (ハヤカワ文庫HM)感想
久々にミステリを読んだけど、読後に徒労感が残った。真相も中盤でなんとなく察しがついてしまった。一方で、もう少し掘り下げて欲しい箇所については「狂気」の一言で済ませてしまうのか、と。着想、叙述が面白い本なのは確かだけど、今の自分の関心の方向は別の位置にあるのだなと思った。
読了日:2月3日 著者:ブリジットオベール
最果てアーケード感想
失われるということは、同時にだれかが残されるということでもあります。生きるということは、大切なものをひとつひとつ失くしていくプロセスです。この作品が救いになるのは、失くしたものがどこか私の知らない場所で、だれかの手によってそっと拾い上げられ、また迎えにくるのを待っているというイメージを描けるからかもしれません。すでに十分に役目を果たしたそれらのものは、人目を引く美しいものばかりとは限りません。でも、小説のなかではどんな寂しいものにも、声を上げない、控えめなものたちにも、居場所が用意されているのです。
読了日:2月10日 著者:小川洋子
ウォーク・イン・クローゼット感想
中編2作。爽快感と希望を持たせるラスト。綿矢さん、見せるだけでなく与えてくれるものを書く人になったんだなって思った。変わらないのは、物語という他人の人生に引き込まれる快感。『いなか、の、すとーかー』で主人公の陶芸家の吹っ切れ方はどうしても作者本人の吹っ切れ方の投影と読んでしまうし、そうであるのならいいなと思う。人の醜さを通して、希望を、尊さを書ける力量と器の大きさ。好き。単純な感謝だけでなくて、悪意にも強すぎる愛憎にも、愛で返すのだ、という決意。すべては、与えられたものだ、という、悟りのようなもの。→
『ウォーク・イン・クローゼット』にでてくる洗濯の描写にはわくわくした。服が好き、気に入った服をきれいに長く着たい、という感覚には強く共感するのに、洗濯機以外で洗濯をしない自分は愛情不足かもしれない。なんにせよ、自分のひとつ大切にしているものに共感してくれる人と恋をしたらうまくやっていけるんじゃないか、という確信は女の子の共通認識みたいなものなのだな。
読了日:2月19日 著者:綿矢りさ
オラクル・ナイト (新潮文庫)感想
みずから身に降りかかる不運を望む人はいないけれど、悲劇を想像し、物語ることに楽しみを見出してしまうのは人間の業の深さかもしれません。本書を読みながら、本の中の物語が現世を生きている私と重なってくるような感覚に、幾度かとらわれました。解説にも指摘がある通り、私たちの存在する世界は頭の中で織りなす「物語内物語」なのでしょう。それを読者に意識させるのが著者の意図した技巧なのだとすれば、感嘆すべきだと思いました。
読了日:2月24日 著者:ポールオースター
キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)感想
何もかもにうんざりしちゃってる主人公ホールデンみたいな気持ちは、多くの人が人生の一時期で経験しているのではないか。「誰も知っている人のいない、どこか遠い土地で暮らしたい」とかいう、碌でもない愚痴ばっかりの時期が私にもあった。思い出すと体に鈍い痛みが走る。そういえば、やたら体調不良を訴えまくるホールデンだが、それもきっと嫌悪感の発露だろう。周囲に対するというより、空っぽの自分自身への。知ったような口をきいて忠告してくる大人ってつまらないと思ってたけど、彼も結局はそういう大人になるんじゃないのかなと思う。
読了日:2月25日 著者:J.D.サリンジャー
人類が知っていることすべての短い歴史(上) (新潮文庫)感想
宇宙は無から始まった。人類が(今のところ)知っているその事実を考えていると、自分の身体が茫漠とした空間の中に投げ出されるような、途方もない気分になる。私たちの日々のささやかな営みなどほんのとるに足らないものに思えると同時に、奇跡的に今ここに存在していることの輝かしさを慈しみたくもなる。すべては元素が循環しているのにすぎないのに…すぎないからこそ。 人類が知っていることの多さと深さと難しさ、21世紀になってもまだ分からないことの多さに、目を白黒させつつ下巻へ進む。
読了日:2月29日 著者:ビルブライソン
大地のゲーム (新潮文庫)感想
人智を超えたなにか大きな力によって、生かされていると思いたい。でも実際には、世界に起こるすべてのことは完全にランダムだ。そしていざというときにほど「自分の意志」は力を持たない。奮い起こして、絞り出して、やっとエネルギーになる程度のもの。なにか大きな力、そんなものがあるのだとしたら、身勝手な祈りも期待も無駄かもしれない。それならば、ただ身を任せていようと思う。そちらがそうなら、私のほうも好きに生きよう。私たちは意志を持てる生命として創られたのだから。
読了日:3月5日 著者:綿矢りさ
異性 (河出文庫)感想
男は~で、女は~である論は、正直おもしろい。この二人が応酬するのだから、余計おもしろい。しかし、男女というざっくりしたカテゴライズによる考察は、強い共感を呼ぶ反面、「※ただし例外を除く」という注釈が常につきまとってくる。(例外について考えるのも含みで楽しいといわれればそうなのだが。)男について、女についてという主語を借りて、詰まるところは語り手自身のことを語っているのにすぎないわけで、実際のところ男女の「わかりあえなさ」として存在している線というのは、太さもピッチもすごく曖昧なものなんじゃないのかなあ。
読了日:3月7日 著者:角田光代,穂村弘
走ル (河出文庫)感想
タンクトップとトレーニングパンツ一丁で、汗だくの泥まみれになりながら、自転車でひた走る高校生。というとすごくむさくるしいと思われるのに、小説のなかでは終始さわやか。本文の大半が描写で成り立っていて、自分のなかに浮かび上がる感情を、風景と同列に観察している気持ちよさ。本の中の男子高生はにおわない、というのもあるけど。食欲も性欲も旺盛、部活で鍛えた超健康優良な肉体は、隅々までエネルギーが充満しているのだろうな。いつでも野生に戻れそうな若くて強い身体をもっているというのは、本当にうらやましい。
読了日:3月10日 著者:羽田圭介
王妃マリー・アントワネット〈上〉 (新潮文庫)
読了日:3月19日 著者:遠藤周作
王妃マリー・アントワネット〈下〉 (新潮文庫)感想
人間が群れずには生き延びられないものである以上、善良さや無垢という美徳が身勝手という罪になりかわり、責任を果たす邪魔になりうるのは、18世紀の貴族も現代人も変わらないのかもしれません。王妃の生き方に確かに非はあったでしょうが、置かれた環境によって人がいかようにも変わってしまうということは覚えておきたいものです。正義を憎悪の道具にする群衆の醜さが、油断すれば簡単に滑り落ちてしまう深い穴なのだと歴史が教えているのなら、人はいつまでも、自らのしていることを理解する眼を持たなければならないのでしょう。
読了日:3月28日 著者:遠藤周作
充たされざる者 (ハヤカワepi文庫)感想
語り手ライダーはこの世界の主たる登場人物であることは確かなのに、なぜか常に傍観者のようだ。物事は手の中をすり抜けるように、近づいたと思ったら移り替わっていく。自らの足で歩いているのにも関わらず、まるで回転する舞台装置のように別の場所や建物がつながっており、他人の思考や感情、記憶までもがシームレスに流れ込んでくる。この感覚はまるで夢の中そのものだ。黄昏時に見る、ほろ苦いノスタルジーを含んだ夢。ベッドの中にもぐりこんで、とろとろと現実が溶けていくような文章を追う時間は至福だった。
読了日:3月31日 著者:カズオイシグロ
「ワタクシハ」 (講談社文庫)
読了日:4月14日 著者:羽田圭介
人類が知っていることすべての短い歴史(下) (新潮文庫)感想
「人類が知っていることすべて」の膨大さ以上に"人類がまだ知らないこと"が未だ数多く残っていることにも驚かされる。しかし、なぜ人類は知ろうとするのだろう。「思いやりのしるし」が残っていた人類の骨、「ただ作るのが楽しくて」道具を作り始めた祖先の痕跡。無から始まった生命という不思議な物質の集合体が、いつしか自分たちがなぜここにいるのかを知ろうとする生き物になった。単なる確率の問題で有り得ただけの偶然かもしれない。それでもただ、連綿と受け継いできたものをここに受け取り、手渡すことができる幸運に感謝をしたくなる。
読了日:4月24日 著者:ビルブライソン
氷 (ちくま文庫)感想
氷が私たちの生きる空間を少しずつ蝕んでいく。真綿で首を締められるように少しずつ息苦しさを増していく世界の中で、自己と他者、幻想と現実の境界線も曖昧になっていくかのようです。極限に至る瀬戸際のところまで、踏み込めず解り合えない領域はあるとしても、いつか全てが混沌へ戻るその瞬間には、我々の意識も温かく溶け合い、永遠に氷の中へ閉じ込められればいいのにと願います。
読了日:4月25日 著者:アンナカヴァン
中国行きのスロウ・ボート (中公文庫)感想
『午後の最後の芝生』『土の中の彼女の小さな犬』は気に入った。村上春樹の短編を読んだ時の、空洞を覗き込むような感覚が好き。
読了日:4月27日 著者:村上春樹
ジヴェルニーの食卓 (集英社文庫)感想
生々しい筆触の残るキャンバスのみが、今となっては在りし日を偲ぶよすがとなっている画家たち。彼らがかつてこの地上を歩き回り、家族と食卓を囲み、手のひらに絵具のにおいをしみつかせながら、生を謳歌していたこと。瞳や手の描写を差し挟むことにより、小説では画家の生身の体が強調されています。一方で、語り手は読者の感情移入を誘いやすい位置に、少しだけ近しい傍観者としておく。本作の主題は画家自身の人柄や心理を克明に描くことではなく、そうした人間性を通して現われ出たであろう、個々の芸術性についてだったのでしょう。
読了日:5月1日 著者:原田マハ
犬の心臓・運命の卵 (新潮文庫)感想
グロテスクなパニック映画のような筋書きだけでももちろん惹きつけられますが、自分に正直すぎる登場人物たちのやりとりや行動が、妙にシュールなおかしみを感じさせ、つい頁を繰る手が止まらなくなってしまいます。一方で、とどまることを知らずに暴走する知性や科学によって人間が自滅する、といった痛々しい予感が物語を貫き、重層的な読後感を与えています。時代・宗教的背景が作品を深く読むための重要知識であることは間違いないですが、軽妙な和訳と親切な訳注・解説により補完されており、十分に楽しむことができました。
読了日:5月3日 著者:ミハイルブルガーコフ
いつも彼らはどこかに (新潮文庫)感想
ささやかなモチーフのなかにこんなにも豊かな世界を込められることかと思う。控えめで、肩をすぼめるようにしながら、ひっそりと生きている「彼ら」。小川さんの小説もエッセイも何冊も読んでいるので、得意分野は分かっているのに、新しい作品を読むたびに、大切にしまっておく宝箱の中身がひとつずつ増えていくような気持ちになる。
読了日:5月5日 著者:小川洋子
まともな家の子供はいない (ちくま文庫)感想
思春期の頃の息苦しさや居場所のない不安感が思い起こされて、そんなものはとっくに過去になったと思っていたはずなのに、現在の自分と妙な共鳴を起こし、読んでいる間、精神が不安定になった。人生の中で大事な時期だというのは薄々察していながら、縛られている感覚が強かった十代。それが自分の思考なのか他人の意思なのかもわからないままで。もう少ししたら自由になるよって、教えてあげたいけど、二篇目『サバイブ』を読んでいると、世界を受け入れて生きるのもそれほどキレイじゃないよなあって、やっぱり苦笑いするしかないな。
読了日:5月6日 著者:津村記久子
日々蝶々 12 (マーガレットコミックス)感想
全巻読了。うっかりすると読み飛ばしてしまいそうな、所作、気遣い、表情の機微。ささやかなひとつひとつに、彼ら彼女らの想いが込められていることが感じ取れます。たぶん最後に行き着くところは同じでも、恋愛のしかたにはどうしようもなくその人となりが表れる。たとえ共感の範疇を超えたとしても、あたたかな気持ちで見守りたくなる。恋って素敵だなあと素直に思うことが、まだ私にもできました。
読了日:5月8日 著者:森下suu
巨匠とマルガリータ(上) (岩波文庫)感想
ストーリー展開は奇天烈ながら、決して難解ではなく面白いです。ホラーでありブラックコメディでもある。読み進めるごとに次の行には予想の斜め上をいく言葉が待ち受けているので、ついワクワクしてしまうのです。それだけに、「巨匠」を作者の自己投影だと考えたとき、暖炉の場面は身を切られるような辛さが押し寄せてきました。
読了日:5月11日 著者:ブルガーコフ
チェーホフ・ユモレスカ―傑作短編集〈1〉 (新潮文庫)感想
ほんの短い掌編集。布のはぎれのようなもの。それでも、無駄のない構成にエッセンスが濃縮されている。19世紀ロシア、チェーホフの同時代人を描いたスケッチに、私たちは見知っただれかの姿を見かける。身につまされておもしろかったのは、『ヴォードヴィル』。ある男がかいた物語を読んで聞かせると、周りはみんなすばらしいと褒めたたえるのに、世間の誤解や批判をあれこれ先回りして、結局しまいこんでしまう。炎上をおそれて、面白いと思うことが全然発表できなくなっちゃう現代人みたい。
読了日:5月17日 著者:チェーホフ
切れた鎖 (新潮文庫)感想
自分は母であり娘であり祖母であり、母も娘も孫娘もまた、自分から「ぬるりと抜け出して」できた一部なのだ。足元はコンクリートで塗り固められ、バスはいつまでも発車しないまま朽ち、行きたいところなんてどこにもない。閉塞した空間への憎悪を募らせて募らせて、とうに錆びついた栄光を否定することができないのは自分がその一部だとまだ意識しているから。グロテスクで気味の悪い表現が、自己への憎悪であると同時にそのまま裏返しにした自己愛に思える。こうした文章に出会うと消耗するが惹かれてしまうこともまた事実。
読了日:5月21日 著者:田中慎弥
巨匠とマルガリータ(下) (岩波文庫)感想
不条理と絶望の渦巻くモスクワで、文学の力こそは安らぎを与え、不条理に翻弄される人々の姿を滑稽なユーモアに替えてくれる貴重な存在だった。「巨匠は光には値しない、安らぎに値するのだ」二千年間囚われ続けたピラトゥスに救いを与え得たのは、巨匠が信じていたのが多分光だけではなかったから。ヴィーナスを見失い、錯乱の中で歴史を書き残すことしかできなくなった詩人イワンの姿は、「巨匠」となることも能わずにもがき続ける世の中の有象無象の人々に重なっている。→
文化的背景に不勉強であるがゆえに本作品の魅力を存分に堪能できていない感じがあるのはただ悔しいけれど、細部の独特の表現、童心をくすぐる小道具、特に終盤付近の濃口な描写には妙なツボを押さえてくるものがあります。
読了日:5月24日 著者:ブルガーコフ
ノートル=ダム・ド・パリ(上) (岩波文庫)感想
醜いものを嘲り、弱者を貶めることで憂さを晴らす。さまざまな成り行きで不幸な境遇に陥った人を、哀れむことで一種の優越感を得る。底意地の悪さが人間の心のうちにひそむことを、否定する人は今さらもういないだろう。そもそも、そうしたものがなければ物語はないものだったのかもしれないとすら思う。ただ成熟した社会の人びとは、受け入れて生きることができるようになるというだけなのかもしれない。→
レミゼラブルに続き、おじいちゃん教授の講義のように文化的薀蓄を挟み込んでくるスタイルのユゴー先生。しかし思想の表現手段として印刷術が建築に取って代わったという話題は面白い。現代に至っては印刷術が液晶画面に取って代わられる立場なんだもんなあ。
読了日:6月1日 著者:ユゴー
ゴリオ爺さん (新潮文庫)感想
どんな社会にあっても、結婚の仕組みとは奇妙なものです。愛情と金銭のこれほどまでの密接な結びつき。私は、ゴリオ爺さんの末路を惨めなだけのものだと思いません。あえて彼から教訓を引き出すとするなら、娘に贅沢三昧をさせてやったことからではなくて、その愛が娘のためでなく自分のためのものであったこと。お金で得られるのは一瞬だけのはかないものにすぎず、ゴリオ爺さんが誇るべきはもっと他にあったはず。「実際、どうして偉大な感情が、みみっちくて、しみったれていて、浅薄な社会などと折りあってゆけるだろうか?」
読了日:6月10日 著者:バルザック
水辺にて on the water / off the water (ちくま文庫)感想
ちがう目線で世界を見るということ。それは孤独であることに限りなく近い。けれど、だからこそ彼女の世界には厚みが与えられる。そこかしこに開く異界への扉へ、気づけばするりとなだれこんでしまうかのような、危うさを含んではいるものの。私にとっては、梨木さんの書く文章に出会う瞬間こそが、羽ばたく瞬間の水鳥に出会うようなものなのだ。
読了日:6月11日 著者:梨木香歩
愛の夢とか (講談社文庫)感想
「いまふたりでここにいることはどちらにしたってほんとうのことなんだから」。それは意識のこと。それだけがいまここに私がほんとうにいることを確かにしてくれるのだ、という、泣きたくなるほどの強い実感が、胸に積もっていく。痛みから得る毒も、透明な水のような文章の中に浄化されていくようで、心地が良い。短編集です。
読了日:6月16日 著者:川上未映子
ノートル=ダム・ド・パリ(下) (岩波文庫)感想
陰惨な話です。しかしながら、人が人を思う激しさに寄り添ううち、物語に引きずり込まれていきます。カジモドとクロード・フロロという対比された役柄は、物語の中であるからこそ両極に位置するものではあるけれど、現実にはひとりの人物の内部にも同時に共存しうるものでしょう。ひたむきで清純な恋と、長年の抑圧のためによりいっそうねじくれた欲望。また一方で、身勝手で気ままなフェビュスはそうした情熱すら持たないがゆえに、なんの裏表もなく注がれた真っ直ぐな愛にも気がつかずにパリの街の中へ埋もれていくのです。→
男女の愛のみならず、ほんのひととき結びついたと思えばまた運命によって惨くも引き裂かれるといった容赦のない愛の形ばかりが描かれている本作ですが、ただ惹きつけられるのは、彼らの感情がまざまざと描写されているところにカタルシスを得られるからでしょう。
読了日:6月24日 著者:ユゴー
私の男 (文春文庫)感想
生あるものと愛が腐っていくときの、綺麗なだけではないのに、どうしてか目の離せなくなる感覚。文章の中に散りばめられたロマンティシズムのコードは紛れもなく私も共有しているものだった。喚起されたイメージが琴線にびりびりと触れる。どこか覗き見をしているような背徳的な悦楽。世代、という言葉を淳悟が口にする場面があるけれど、少し古い日本人がたぶん誇りにしていた、排他的なサークルの中にある情のようなものを、疎ましく思う感情が私の中にもあることを知った。
読了日:6月27日 著者:桜庭一樹
遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)感想
みずからの過去を辿っていく過程には、自分の人生を肯定して希望を持ちたいという希望的な感情と、うすぼんやりとした悔恨に似た思いが混在しており、そうした不安定な心象風景が、社会の大きな流れと、そのただなかで抗いようもなく生きている個人の人生とを重ね合わせるように描かれています。解説で池澤夏樹さんも言及していましたが、世代や立場によってズレた価値観を持つ者どうしのかみ合わない会話のもどかしさ、幾分かの滑稽さ、そしてリアリティの配分は絶妙だと思います。
読了日:6月29日 著者:カズオイシグロ
爪と目 (新潮文庫)感想
本質はその人の内奥に隠れているものではなく目に見える部分が確かにあるのは実感できるのに、表面のことばかりを問題にするのは浅はかなのではないかという刷り込まれた疑いがあって、板挟みの罪悪感にさいなまれて自傷行為に走ってしまった人を見るような戦慄と、まるでみずからがそれを克服をしたかのような達成感、してやったりという感じ、もまた喚起される作品でありました。
読了日:7月2日 著者:藤野可織
情事の終り (新潮文庫)感想
「愛すると、これまでと同じ方法を使いたくなるのですね。自分が愛し始めたにすぎないということはわかっていますけど、私はすでにあなた以外のすべてのもの、あなた以外のすべての人を投げ出したくなっています」信仰と愛と憎しみとが似ていると思えばこそ苦しむのかもしれない。生活の隙間に入り込んでくる無限なものを信ずるように、自分以外の何者かのすべてを信じて受け入れることができたとして、それは幸福ではあっても愛でも憎しみでもなくなってしまうのだろう。ぐるぐると同じ敷地の中を歩き回っているかのような息苦しさを覚えた。
読了日:7月16日 著者:グレアムグリーン
高慢と偏見 上 (ちくま文庫 お 42-1)感想
小説の中の世界に没頭するというよりは、そこにもここにも聞こえてくる作者の声に引き込まれていくといった風情です。ユーモア満載で人間批評をするエリザベスはまさに作者の分身なのでしょう。また、人を食ったような父親のベネット氏の台詞にはいちいちニヤリとさせるものがあります。しかし登場人物たちの皮肉っぽい応酬とプライドの高さには読んでいて段々うんざりしてきました。天使のように生まれつき性格の良い長女ジェインは、他の小説に出て来れば退屈な人物でしょうが、ここにおいてはかえって癒しの存在です。
読了日:7月23日 著者:ジェインオースティン
高慢と偏見 下 (ちくま文庫 お 42-2)感想
当時の社会的慣習に縛られた人々の言動は驚くほどもどかしく、理知的で自らを客観的に見る能力に長けた著者のような人にとっても、息苦しく感じることもあったと推察します。小説ではそうした社会の息苦しさをユーモアに転じ、自分に正直でありながら誇りを失わない生き方を肯定的に捉えています。と、すぐに教訓めいた感想を持ってしまうのは、三女メアリーみたいかもしれませんが。プライドゆえに自身を省みる目を持つことができる一方、それゆえに恥のようなものがつきまとう面倒臭さもまた、時代を経ても変わらぬ真理なのだと思いました。
読了日:7月24日 著者:ジェインオースティン
本屋さんのダイアナ (新潮文庫)感想
生まれも育ちも違うのに不思議と馬が合って、大好きな本の話ができる友達。そんな理想の人間関係を物語の中で実現しくれるのはもちろんのこと、主人公の母親が言う「女の子ってやっぱいいよな。自立したら、友達になれるんだもんね」という台詞にも思わず胸を突かれました。懸命に自分の人生を生きていれば、どこかで自分を理解して受け入れてくれる人がいるという希望をも与えてもらいました。
読了日:7月25日 著者:柚木麻子
嵐のピクニック (講談社文庫)感想
この物語の登場人物の身に起こっている奇妙な出来事が過去や将来に自分の身にも起こり得るのだろうかと考えたなら、べつの惑星で起きている出来事のようにその可能性は限りなくゼロに近いのだけれど、ふしぎなことにそれを読んでいる間わたしの中に巻き起こる感情は、物語の内容ほどは奇妙でもなくて、心のどこかでこうしたお話を聞かせてもらえるのをずっと望んでいたような、本を閉じた後ももっともっと読みたいと思いたくなる中毒性のある嗜好品のような本だった。
読了日:7月26日 著者:本谷有希子
侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)感想
異性間の関係に支配や優越を持ち込まないことが、長らく成功しないでいたのはどうしてだろう。これほどまでに皆の平等を信じられている私たちの社会においてもまた、時折その影が掠める。おそらく彼らは無意識であるだろう言動のなかに。小説の中のディストピア世界において、女は子を産むためだけに存在し、役割を失えば酷使されて使い捨てられる。思考や欲望は許されない。物語に描かれた世界はあまりにも独特で残酷だろうか?いつの時もいつの場所でも、ある立場の人々は同じ鎖を感じてはいなかったか?→
語り手の「侍女」が教えてくれるのは、身体が縛られていても頭の中だけは自分のものだということ。それは支配される側にとっても、する側にとっても同じ。いつか支配構造目に見えなくなる日がきても、それは意識の中でいつまでも消え去ることはないのだろうか?自分の置かれた状況がどんなに酷いものであるかを知りながら、現状を変えたいと望むよりもただ受け入れて「生きていたい」と望む語り手は、別の時代に生きた私だったかもしれない。
読了日:8月7日 著者:マーガレットアトウッド,MargaretAtwood
穴 (新潮文庫)感想
恐ろしいといえばそのような気もするがホラーとかぞっとするというのでもなく、ぼんやりとした不安感が眼に薄白い膜をかけている。それは致命的なものではないし、鈍感な人なら気づかなかったのかとすら思える。穴に落ちたとて深くはないから世界はまだ目の前にはあるのだ。出ようとすれば黒い獣が足元を押し上げてくれる。ただ、出たところでそこらじゅうが「穴だらけじゃ!」。なるほど確かに今の時代の小説だ、と思う。ちょっと今まであまり経験したことのないような読後感でした。
読了日:8月10日 著者:小山田浩子
リチャード三世 (新潮文庫)感想
数人のエドワード、複数のリチャードにエリザベス、初めこそ登場人物の呼称に混乱を来していたものの、薄暗く冷え切った王家という非現実空間で繰り広げられる、呪詛と怨嗟にまみれた皮肉っぽい台詞の応酬に引き込まれていきます。リチャードはその業の深さが外面にもあらわれ出たかのような容貌なのではと初め想像しましたが、悪行の数々を知られていてなお、自分を心底恨んでいるはずのアンやエリザベスを言いくるめて、なんやかやで首肯せしめてしまうところからしてきっと何らかの愛嬌か魅力を持ち合わせる人物に違いありません。→
文字で読むだけでは頭の中にしか存在しえない、人間臭い悪人の姿形が唯一無二の生身の存在として眼前に現れる、そのことこそが芝居を見る楽しみと言えましょう。
読了日:8月12日 著者:ウィリアムシェイクスピア
時の娘 (ハヤカワ・ミステリ文庫 51-1)感想
シェイクスピアではめちゃめちゃな悪人に描かれていたリチャード三世の名誉挽回。今のイギリスの教科書にはどんなふうに書かれているのでしょうか。会話文主体の読みやすい文章、「安楽椅子探偵」ミステリ仕立てはクリスティの小説を思い出させます。徐々に「真相」が明かされていく過程ももちろん面白いのですが、グラント警部と他のキャラクターが繰り広げるテンポのいいやり取りには何度も吹き出しそうになりました。
読了日:8月13日 著者:ジョセフィン・テイ
エストニア紀行: 森の苔・庭の木漏れ日・海の葦 (新潮文庫)感想
決して分量の多い本ではないが、思索の旅の書き付けのような言葉の断片が、読んでいる私の中で別な関心を呼び、ぼんやりすること甚だしく、読むのに随分時間が掛かった。日常の意識とは別に、魂が発する「熱」。いつも心ここにあらずのような、地に足の付けられない生き方。たぶん今後私がエストニアに行くことはないとは思うけれど、遠い地で見出したある一つの答えのようなものが、私の人生でどこかに寄り添っているということはきっとあるのだろうと感じた。
読了日:8月14日 著者:梨木香歩
サロメ (光文社古典新訳文庫)感想
宮本亜門演出の舞台のため平野啓一郎が新訳を担当。翻訳前に二人の綿密な打ち合わせもあったものと見えます。調べればキャスティングも興味深く、見逃したのが口惜しい。確かに広く知られているファムファタル的なイメージとは一線を画したサロメ像です。男性権威社会における少女の枠にはめられた純潔性に、彼女自身が抗う意思を抱いている。一方では確かに幼さを残しつつ、人間的な欲望も抱く等身大の女。とりわけヨカナーンを強く求めながら嫌悪の言葉を吐く場面は印象的で、自分の中にもサロメがいるかのように感じてしまいます。
読了日:8月15日 著者:オスカーワイルド
フランケンシュタイン (新潮文庫)感想
自分の能力に奢り怪物を作り出した挙句、自分の責任も果たさず、怪物の暴走をただ憎んで人生の幕を閉じたフランケンシュタイン。確かに自ら生命を生み出せる方法を知ったなら、それを実行してみたくなるのが人の性なのかもしれない。その思い上がりゆえに出来上がったものは、目を背けたくなるほど醜悪なものだったかもしれない。まるで何かのメタファーのようです。しかし誰もに疎まれる怪物を、この世界で創り手ただ一人だけは愛してやってもよかったのではないでしょうか。→
→私にはどうも、物語の主人公に正当性を期待してしまうところがあるようです。フランケンシュタイン氏は自責の念にかられ苦しんではいるのでしょうが、それをそのまま創られたものへの憎悪へ転嫁してしまうことができてしまったゆえに、自己の苦悩に沈む姿があまり身に迫ってこなかったのが残念ではあります。
読了日:8月23日 著者:メアリーシェリー
なんらかの事情 (ちくま文庫)感想
これはとても面白い本です。分類するとしたらエッセイなのかもしれないけど、筆者が途中でどこかへ行ってしまい、ボンヤリと後ろをついて行くと知らない場所にいるということもあった。休憩時間に読んでいて、文章のおもしろさにお腹を抱えて笑うのをこらえるのに必死になったこともあった。岸本さんが捨てられずにいる炒り胡麻のラベルの文言が好きで、今思い出しただけでも笑ってしまう。その気になれば日常はいくらでもゆかいなものにすることができるのだと思った。
読了日:9月1日 著者:岸本佐知子
レベッカ〈上〉 (新潮文庫)
読了日:9月10日 著者:ダフネ・デュ・モーリア
レベッカ〈下〉 (新潮文庫)感想
美しさは心を掻きたてるのに、まるでドライフラワーの花束のようにくすんだ陰翳が落ちている。溌溂と息づくものがないからこそ、夢の中でマンダレーは完璧な均衡を保ち続ける。人の憧れる、瀟洒で素敵なマンダレー。自我をもたない主人公は、その屋敷に抉られた暗い影に追い立てられ、身をすくめるようにして過ごしている。後半はサスペンスの様相を呈していたけれど、前半まではほとんど一種の幽霊譚のようなものだと思って読んでいた。姿のない目に見えないものが遂にはだれかの日常を変容させてしまうというテーマが、繰り返し変奏されている。
読了日:9月10日 著者:ダフネ・デュ・モーリア
刺青・秘密 (新潮文庫)感想
絢爛な文章が官能を擽る。目を皿にして見ればはっとするような情景描写が次々と浮かび上がり、複雑な織物の柄でも見ているかのようです。『秘密』は女が車内で主人公に煙草を吸わすところが好き。『二人の稚児』は寓話として読めるのが面白く、対比された二人の稚児をつい深掘りしたくなる。『異端者の悲しみ』は谷崎の自叙伝らしく、人間臭い滑稽さに親しみを覚える一方、青春期の自己過大評価と実際との間で引き裂かれる痛みが身に迫った。読了後にぱらぱら読み返して途中から見なおしてもたのしめる本ですが、注釈の多さには少し辟易しました。
読了日:9月14日 著者:谷崎潤一郎
漁師の愛人 (文春文庫)感想
「震災後」の日本は何かが変わったのかもしれない。でも、変わらないものもある。森さんの小説でよくあるのだが、奇妙といってもいいようなきっかけでも人との縁が生まれ、彼らなりのやりかたで繋がりを築いていくところが好き。そういうマインドは、変わらないもの。でも、確かに「温度差」はあるのだろうなあとは思う。距離のせいもあるし、みんな同じものを見て同じ感情を抱くというわけでもなくなっているから。情とか義理とか、もしかしたらこの社会が失いかけているものの最後のひとかけらを残しているのが今の時代なのかもしれないと思った。
読了日:9月15日 著者:森絵都
読書について (光文社古典新訳文庫)感想
読書に限らず、皆が毎日大量の文章を読み、大量の文を書きまくっているネット時代のいまにおいても耳の痛い話ばかりです。あまりに自信満々の断定口調で明晰に正論を述べられるので、すべてを鵜呑みにするのが癪に障るような気がしてきますが、それは実際に痛いところを突かれているからでしょう。頭の素直なうちに読み、自らの精神と時間をいかに費やすかを考えるためのよすがとするべき本です。ただ、私自身はショーペンハウアーほど合理的な生き方ができる自信はありませんけれども。
読了日:9月28日 著者:アルトゥールショーペンハウアー
予告された殺人の記録 (新潮文庫)感想
人生が自分の手にゆだねられているものではないという思いを強くする。殺した人間でさえ、ほんとうは殺さないですむことを望んでいた、というのは奇妙な気がするが、その矛盾する感情はいずれもまぎれもない真実なのだと信じられる語りの妙。読了後、自分の中にどこか捉えどころがなくもやもやとした思いを残していたのは、私自身がこうした「共同体」に属することを厭うタイプであり、おもに祝祭を通して顕在化しがちな無意識下の"民衆の総意"に小さな恐怖心を抱いている人間だからなのかもしれないと思った。
読了日:10月5日 著者:G.ガルシア=マルケス
白い人・黄色い人 (新潮文庫)
読了日:10月9日 著者:遠藤周作
ウィーン愛憎―ヨーロッパ精神との格闘 (中公新書)感想
若かりし中島義道氏のウィーン留学記。家探しから挙式まで、生活のさまざまな場面に直面したウィーンの人びとにたいする「愛憎」の記録…とはいえ、実際本書の九割がたは「ヨーロッパ人の中華思想」に関する批判です。あまりに理不尽な社会が当然のごとく成立している事態が、「カフカ的世界の現前」といわれれば思わず納得しかけるほどです。とはいえ愚痴っぽくはならず、遊び心に溢れた文体に何度も笑わせられました。渦中では必死だったでしょうが、立ちはだかる困難に果敢に挑戦せんとする勢いのようなものには励まされます。→
→時代は変わり、当時(約30年前?)と比べてウィーンに住む人びとのもつ意識(とくに人種間の優越・劣等感に関して)に変化はあったのだろうか?というところが気になりますが、実際のところを確かめる術は私にはありません。人の意識に瞬間的に浮かぶ感情というものはコントロールしづらいものでありますが、それを相手にどのように伝達するのかー手渡すのか、ぶつけるのか、それとも伝えないようにするのか、というところに「成熟」の有り様が見えるのではないかと考えます。
読了日:10月13日 著者:中島義道
夜の公園 (中公文庫)感想
この本を読んでいる時の、しっとりした言葉が降り積もっていくような感覚を、素敵だなあと思います。このお話が自分のことのように切実に思えるひとが世の中にはいるのかなあ。いるんだろうなあ、と。私はただ額縁の外側から絵の中の世界を覗き込んでいるときのような気持ちでいるばかりです。男女の恋や愛のことよりも、リリと春名という二人の女の、鏡ごしに背中合わせにしたような関係のほうが気にかかって、腑に落ちて、知っている色遣いを見つけられるのだから、確かに私の経験は不足しているのでしょう。
読了日:10月13日 著者:川上弘美
海辺のカフカ (上) (新潮文庫)
読了日:10月23日 著者:村上春樹
海辺のカフカ (下) (新潮文庫)
読了日:10月25日 著者:村上春樹
子どもは判ってくれない (文春文庫)感想
久々に内田さんの本を読みました。わたしが普段採用している考え方に、内田さんから授けられた方向性の指針みたいなものが知らぬ間に影響していたようです。著者自身が意識する通り、題材自体は時勢の要請からくるものであってもそこで提示される枠組自体は普遍的な事柄なので、既存の読者にはすでにおなじみの考え方も多いですが、今回はっとしたのは「娼婦」についての論説。ずっとモヤモヤとしたままで自分の中でも答えが出せずにいたことだけれど、モヤモヤとしたままでもいいのかなと思えることで少し前を向けるようにもなるのだな、と。
読了日:11月4日 著者:内田樹
戦争と平和〈1〉 (新潮文庫)感想
長い長い小説で、粗筋をたどり人名を覚えることにも難儀しますが、それを乗り越えれば散りばめられた人物たちの心理描写の細やかさ、著者の人間観察眼の豊かさに目が止まります。たとえば生き別れだった父の死を看取るのと、戦場で浴びせかけられる砲弾に次々倒れる兵卒の死に居合わせるのとでは、浮かぶ感情はやはり違うものです。そして自分自身が死に瀕したときに何を思うのか?この一巻最終部で、アンドレイ公爵が空を見上げて独白する場面は圧巻です。
読了日:11月20日 著者:トルストイ
戦争と平和 (2) (新潮文庫)感想
ナターシャの振舞いが愚かに思える程度には、私はもう分別をわきまえる人間になってしまいました。しかし彼女のように、若さゆえに思い込み突っ走って周囲にすら棘を撒き散らさずにはいられなくなる感覚も、もうしばらくの間は忘れたくないとも思います。TVドラマを見ていた時はただ誠実でやさしい男のように思えたピエールですが、原作では彼の内面にある一種の暗さや捻くれた部分も描写されています。自らの弱さを知りながら堕落していく自分自身を打破できず、一人胸の内で「苦悩をこねくりまわしている」ピエールは最も共感できる人物です。
読了日:12月7日 著者:トルストイ
エドウィン・マルハウス (河出文庫)
読了日:12月31日 著者:スティーヴン・ミルハウザー
戦争と平和 (3) (新潮文庫)
読了日:12月31日 著者:トルストイ