耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

2017年に読んだ本

去年の読書メーターのまとめ記事。

 

これがベスト、というようなランクづけは難しいのだが、あえてすこし振り返ってみる。

 

現代作家でいうと、ケン・リュウと彩瀬まるさんの本に出会えたのが僥倖だった2017年。

いずれも短編集であるが、当たりはずれがほとんどない粒ぞろいの作品集だと思う。

話題になっているので文庫化され次第長編も読みたい。

 

 

世界古典名作への取組の中では、トルストイがかなりわたしの体質にはまっている気がする。

めざす美学は清潔であるのに、罪深さから逃れられない人間性も、どこか許容しているかのようなところが。

 

 

あとは仕事が忙しくて精神的に余裕がないときでもさらりと読めるサマセット・モーム短編集にはお世話になった。

新潮文庫の新訳版で持っているものと、古本市で衝動買いした岩波文庫で収録作がかぶっているものも多少ある(『ジゴロとジゴレット』とか)のだが、岩波文庫は本編と同じくらいに訳者による解説もそれぞれ面白かった。

 

 

最後に、年末に引っ越しをしたので、もろもろの作業のわずらわしさから逃避しがてらに読んでいた

「ブーリン家の姉妹」シリーズ2作目『愛憎の王冠』について。

 

これが12月に観たエリザベス一世の少女時代の淡い恋を描いたミュージカル『レディ・ベス』と時代背景がだだかぶりでありながら、メアリー一世の側から見た英国王室の「憎しみ」を主眼に据え、女性の自立心を描き出しており、かなり面白かった。

 

ちなみにNHK BSプレミアムで放送中の海外ドラマ『クイーン・メアリー』(原題:Reign)もほぼ同時代を背景に、主人公としてスコットランド女王メアリー・ステュアートを据え、エリザベス1世も登場する。

海外ドラマらしく美男美女たちがめくるめく恋愛模様を繰り広げ、豪奢でありながら現代的にアレンジされた衣装も目に毒で、見始めるとかなりはまってしまう。

(しかしシーズン2が録画しっぱなしで全く見れていないのがつらい。でも海外ドラマは間を空けると話を忘れてしまうので、短期間でまとめて見たいのだ…。)

 

つまり、この時代のヨーロッパ王室はロマンスのネタに事欠かない上、重圧に耐えながらも力強く責務を果たして生き抜いた女性という現代的な題材が多く残されているということだと思うので、2018年はこのあたりの関連本ももう少し読みたいと思っている。

 

 

 

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2017年の読書メーター
読んだ本の数:52
読んだページ数:18543


戦争と平和〈4〉 (新潮文庫)戦争と平和〈4〉 (新潮文庫)感想
時折、小説の中のある登場人物につよい感銘を与えられることがあります。それは単なる善行や自己犠牲の精神のためではなく、そのひとの性質に自分に近しいものを感じ、そのひとの感情に共感を寄せ、そしてそのひとの生活の中で行う思考や行動が、私にとって自然な敬意を湧かせるものだからです。『戦争と平和』で私はそうした人物を見つけることができました。それがマリヤ・ボルコンスカヤでした。たとえば一人の人物からそうした魅力を感じ取ることができるのは、この長大な小説に登場するありとあらゆる人物の些細な行動、そしてその行動を引き起こした理由が細やかに描写されているがゆえです。この本を構成しているその全ての要素がそうあるべくしてあったということが、エピローグの最終節を読了したとき、強い感動とともに心に迫ってきました。歴史上の人物であれ身近なだれかであれ、人間一人ひとりの行動を観察し、その行動が生まれ出た「自由」な意志と「必然」的原則を考えたとき、私たちは人間とこの世界が、身体では知覚できないまま隷属し続けている無限なるものの存在を知ることになるのです。
読了日:01月23日 著者:トルストイ
ナラタージュ (角川文庫)ナラタージュ (角川文庫)感想
10代を題材にした小説を読むと体調が悪くなることがたまにあるのですが、本書もそうでした。後半からの重い展開よりもむしろ前半。リアルで自然な青春生活が描写される中、輝きの中に時折かすめる不安の影が、なめらかに見えた肌の小さなささくれのように私自身の記憶を不意に刺激してきます。意味も理由もなく不安定だった頃のことを。だからこそ後半、不安の理由が明かされてぶつかりあう激しさにはむしろほっとしましたし、ぶつかることのできなかった者が去っていく展開には、納得はできないものの物語の必然性を感じました。
読了日:01月23日 著者:島本 理生
聖女伝説 (ちくま文庫)聖女伝説 (ちくま文庫)感想
解説で「視線が紙の上をツルツルすべっていった」と書かれていたので、この本に出会って驚いて茫然としているのは私ひとりだけではないのだと思いました。複雑なパッチワークのアートを見せつけられたかのように圧倒され、なんとか気を取り直してその材料を一つ一つじっくりと分解してみようとすると、その材質の奇妙な選ばれかたにいちいちギョッとし、なのにおもしろくてたまらない。結局気づいたらことばの力にずるずると引きずられており、一文が次の一文を呼びよせ、絡まるように連関して私の覚えている世界の物事を切り分けます。
読了日:01月25日 著者:多和田 葉子
ビリジアン (河出文庫)ビリジアン (河出文庫)感想
気がつくと窓が開いていて、その反対側もどこかが開いていて、風が勢いよく通り抜けている。「わたし」が通り抜けてきた場面が時系列でなく並べ立てられる。読む私は「わたし」ではないのに、感じている懐かしさを想像し、経験したこともない思い出を振り返る。語る「わたし」はどこにいたのかと思ったら、解説がものすごくわかりやすくて助かった。
読了日:01月30日 著者:柴崎友香
タダイマトビラ (新潮文庫)タダイマトビラ (新潮文庫)感想
信じようとしてきたものが揺らぐとしたら、信じて演じながらも心の底ではそれが茶番なのだと感じていたから。笑うのは狂気のようでいて一番正直なんでしょう。村田さんの小説には「本物の」というワードがよく出てくる。貪欲に本物を求めるひとには薄気味悪さや狂気を覚えるから、一歩引いたところから見たり、その逆に一段上に置いて崇めたりしてしまいがち。けれど本当に恥ずかしいのは最初から諦めたふりして大人ぶる私の方。それでもこの世界のいつかどこかの点にそれが在るものだと信じているのなら、彼女こそ余程愛おしいひとだと思います。
読了日:02月02日 著者:村田 沙耶香
夜中に犬に起こった奇妙な事件 (ハヤカワepi文庫)夜中に犬に起こった奇妙な事件 (ハヤカワepi文庫)感想
この本の文章は面白い、なぜならそれがシンプルでプリミティブな文体でありながら、当たり前で構成された世界が本当は当たり前ではないということを思い知らせてくれるから。論理的な思考とは根拠があること、具体的な要素の全てが列挙されていること。だとしたら完璧に論理的であろうとしたとき、この世界はいかに不条理で奇天烈に思えることか。この話ではほとんど全ての人物があわれな目にあいますが、一番報われないのはウェリントンという名の犬でしょう。
読了日:02月05日 著者:マーク・ハッドン
神様のケーキを頬ばるまで (光文社文庫)神様のケーキを頬ばるまで (光文社文庫)感想
この世界でまっすぐ前を向き続ける生き方の困難さ。すぐ隣で素知らぬ顔をして働いているひとも、人知れず悩み、苦しみ、這い上がるような思いをして前を向いているのかもしれない。流行の映画やパンケーキの話題はたやすく人をつなぐけれど、本当はもっと見えないところで繋がって、支え合って社会はできている。この短編集の主人公たちはいずれも過去の挫折や屈折した思いを抱えている人びとですが、彼らが「生きのびた」ことを祝福する気持ちが、読後すなおに湧き出てくるような力のある小説でした。
読了日:02月10日 著者:彩瀬 まる
とりつくしま (ちくま文庫)とりつくしま (ちくま文庫)感想
まず考えたのは、私が「とりつくしま係」に出会ったときには何にとりつくかということだった。でも、決めきれない。ひょっとして私はおそろしく現世とのつながりが希薄なのではないか。死んでまで見守りたいだれかなんて私にはいない。そう考えたとき、この小説にえがかれた人たちの生前の姿が立ち現れてくる気がして、涙が溢れた。未練があるほど満ちた人生だったんだなあ。でも、のこしてきた人の未来を信じられてこそ、安らぎは訪れる。いなくなってしまった人に見守っていてもらいたいがために、私は善く生きようと努めているのかもしれない。
読了日:02月11日 著者:東 直子
八月の光(上) (岩波文庫)八月の光(上) (岩波文庫)
読了日:03月05日 著者:フォークナー
死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫)死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫)感想
誰でも死ぬのになぜか、自分だけは死なないような気がしている。死を常に意識しながら生きることはできないから。死ぬ方法を選ぶことはできないが、人が死ぬときにひとしく踏むであろう段階のことを知れば、見送るときも自分の番でもすこしは良いものにできるだろう。死はタブーではない。死にも生にもあらかじめ意味はないのは事実だが、意味を与えることはできると思う。
読了日:03月21日 著者:エリザベス キューブラー・ロス
八月の光(下) (岩波文庫)八月の光(下) (岩波文庫)感想
この小説の構造をを俯瞰することは私にとって難解でした。目を焼く陽光のように強烈な文章の美しさが胸を突くこともあれば、あまりにも長いセンテンスを読み切る前に眠気が瞼を重くすることもありました。南北戦争直後のアメリカ南部、キリスト教の信仰と戒律に強く拘束され生活する人の心情を理解することもまた困難でした。男と女、親と子、個と集団、神と人間、愛するものと愛されるもの、その間にある対立の類型をあてはめてみようとすれば、残酷な断絶が用意されている。物語の最初と最後がリーナの遠い旅路であったことが救いでした。
読了日:03月22日 著者:フォークナー
骨を彩る (幻冬舎文庫)骨を彩る (幻冬舎文庫)感想
こういう本に出会うために、小説を読んでいるんだな、と思えました。人間だからいろいろある、の「いろいろ」を丹念に追っていく。当然のことみたいに、自分だけの荷物を背負って歩いている人たち。骨まで染みた飢餓を肩代わりすることはできなくても、踏み込んで関わって想像をめぐらして、共に見る景色が美しいものであって欲しい。著者の祝福の声が聞こえるような一冊です。
読了日:03月31日 著者:彩瀬 まる
クロイツェル・ソナタ/悪魔 (新潮文庫)クロイツェル・ソナタ/悪魔 (新潮文庫)感想
「情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである」とまで思っているわけではないにせよ、欲望をもって異性をみるときに反射的に浮かぶ罪悪感と、良心が行動に伴わない苦悩には身に覚えがありすぎて痛いほどです。自分がなにをしているか、はっきりと分かっていながら、何か悪魔的な力に動かされて止められない嫌悪。情熱的な愛は価値の高いものだと思いたい。魅力的な異性を追うのは人として当然だと開き直りたい。だけどそうできないのは、信じたいと思っているものがあるからです。
読了日:04月01日 著者:トルストイ
シェイクスピア全集 (2) ロミオとジュリエット (ちくま文庫)シェイクスピア全集 (2) ロミオとジュリエット (ちくま文庫)感想
乳母が世俗的なおばちゃんなのは想像できたが、マキューシオも次々と品のない下ネタをとばしてくるのには閉口した。とはいえそうして作品に色を添えてくれたからこそ死にぎわになってもペラペラ喋るシーンがいっそう痛々しく哀しい。一方ティボルトは台詞が少なく、もしかすると舞台では動きで見せるような想定がされていたのか。パリスは、実はこの話に出てくる若者の中で一番真っ当な行動を取ったのに、ジュリエットにとことん拒絶されるせいでなんだか滑稽な印象となった挙句、最後にはロミオの見せ場を作るために死なねばならず、可哀想だった。
読了日:04月13日 著者:W. シェイクスピア
若い読者のための世界史(上) - 原始から現代まで (中公文庫)若い読者のための世界史(上) - 原始から現代まで (中公文庫)感想
学生のとき真面目に勉強していなかったせいで、いいかげん趣味に支障を来すようになってきた、ということで、物語のようなやさしい語り口調のこちらを。世界史と銘打ってはいるものの、著者がヨーロッパ人なので視点がやや偏っている気がするのは、まあ想定内です。何よりも読みやすく、断片的な知識が頭の中で像を結ぶのが面白くて仕方がない。下巻へつづく。
読了日:04月17日 著者:エルンスト・H・ゴンブリッチ
嵐が丘(上) (岩波文庫)嵐が丘(上) (岩波文庫)
読了日:04月21日 著者:エミリー・ブロンテ
紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)感想
読みながら何度も泣いた、言葉への愛が、人間への尊敬が、溢れて止まらなかった。めまぐるしく進化するテクノロジーも、昔の人が遺してくれた手触りのあることばも、人の知恵であることに変わりはないはず。より永く、より幸福に、生き残るための。人の世の変化をもたらすのは常に人、という事実へのシンプルな感動の裏には、どうしようもなく過ちを繰り返してしまう苦しさを抱えていた。そうであっても完全な絶望を感じないでいられるのは、過去から贈られた祈りが私たちの生き続ける限り、消え去ることは決してないから。
読了日:05月05日 著者:ケン リュウ
スペードの3 (講談社文庫)スペードの3 (講談社文庫)感想
この本を読むと、性格の悪い自分を思い出す。現実よりも意地悪なフィクションの甘美さを与えられる。前向きな希望、秘められていた美しい真実なんて示されなくてもいいとさえ思う。ありきたりな物語でも別に良くて、語られさえすれば物語は居場所を得るのに、特別を求めてしまうのは浅ましいこと?諦観しはじめている自分に気付かされた。求めて手を伸ばした先に、知っている答えを教えられたかのような寂しさだ。
読了日:05月07日 著者:朝井 リョウ
服従 (河出文庫 ウ 6-3)服従 (河出文庫 ウ 6-3)感想
語り手フランソワの陥った個としての境遇と、彼の研究対象であるユイスマンスの晩年の到達点が重ねられる構成、また彼自身が痛切に感じる孤独こそが、フランスの政権をイスラム政党が執るという信じがたいアイデアに合理性を付与する。社会システムは種族持続のための知恵、それが個人の自由と尊厳を奪うものであったとしても、ある側面から見れば合理的なもの。個人主義の徹底による孤独が生命への意欲を奪うという病理は、作中のフランスのみならず私自身の周囲にも蔓延していると思った。
読了日:05月08日 著者:ミシェル・ウエルベック
女のいない男たち (文春文庫 む 5-14)女のいない男たち (文春文庫 む 5-14)感想
村上春樹は一人の夜が突きつけてくる虚無感と親和性が高すぎて、見ないふりをして眠っても夢の中まで死の影が追いかけてくる。読んでいる途中は誰かが死ぬ夢を見る確率が高いのを忘れてた。夜更けに電車が動くのを待ちながら、目の前を通り過ぎていくたくさんの人たちの気配を感じて読むのが精神衛生的には一番良かった。
読了日:05月13日 著者:村上 春樹
ジニのパズルジニのパズル感想
私はジニのハラボジがいる国のことを、一つのかたまりみたいなものだと思っていたのかもしれません。ジニの訴えを読んではじめて、ようやくその閉ざされた中にいる人の声が聞こえないことに、やるせなさが湧いてきました。かたまりが解けて心にふれるような日はしばらく訪れそうにはありません。ただ空が落ちてきた日には、何であろうと受け入れるしかないという一点において、人は皆平等なのではないかと思います。ジニのパズルは私のパズルではない。けれどもうジニは他人でもない。「恐れるな。この世は教科書よりも、芸術で溢れている。」
読了日:06月04日 著者:崔 実
贅沢貧乏のお洒落帖 (ちくま文庫)贅沢貧乏のお洒落帖 (ちくま文庫)感想
語っている途中で話題がどこかへいってしまうのも、若い人の行動やミニスカアトの着こなしに一家言あるようなのも、お洒落なお婆ちゃんのお話し相手をしているときの気分です。でも、かつて溌剌とした紅い頬の少女が袖を通した、レースのワンピースや、輸入物のシックな色合のニットや、ボタンで一番上を留めた襟付きの水色のカーディガン、森茉莉さんの記憶の中だけにあるそうした素敵な品物が、年季を経たものにしか醸せない情緒も芳しく、私の頭の中でどこか誇らしげに存在感を示す文字の力には、うっとりさせられます。
読了日:06月08日 著者:森 茉莉
その手をにぎりたい (小学館文庫)その手をにぎりたい (小学館文庫)感想
主人公はバブル期のOL、高級寿司屋を舞台にする人間模様。柚木さんでなければ絶対に手に取らなかったであろう設定であるものの、読み出せばこれが面白いのです。彼女の10年の起伏が時代の潮流と上手に重ねられるストーリーは分かりやすいのに飽きさせない。昔も今も、誰かの作った夢を壊さないように、弾け飛ばないように手の中で優しく転がし続けてるみたいな東京の影。わたしがそこに居なければならない理由があるとするなら、そこにあなたがいるからという他に何もない。
読了日:06月16日 著者:柚木 麻子
きみは赤ちゃん (文春文庫)きみは赤ちゃん (文春文庫)感想
今はただ語られることばに乗って一緒に右往左往と心を揺らすだけ。皆本当にこんなもの凄くたいへんなことをやってのけてるんか…と圧倒される気持ち。自分の母親をはじめ、知っている限りの出産経験者たちの顔を思い浮かべる。彼女らは私の想像もつかない次元で生命というものを守って生きてるんだということ、全然知らなかった。そうした感動と共に考えるのは、男女の役割分業をはじめとした社会のならいが、もう少しどうにかならないもんなんかいな…ということ。しかしそうおもう一方で、
読了日:06月24日 著者:川上 未映子
英国諜報員アシェンデン (新潮文庫)英国諜報員アシェンデン (新潮文庫)感想
英国諜報員アシェンデンの人間観察日報とでもいうべき小説。語り手であり主人公のアシェンデンはスパイである以前に作家だ。諜報員の仕事というのは漠然と想像するような知的で鮮やかな活躍というより、組織の末端で労働する会社員にほど近いのではないか。そして諜報員としての手腕ではなく、アシェンデンの人間観察眼、ユーモア溢れる筆致のほうがずっと娯楽性が高い。しかし相次ぐ強烈なキャラクター描写に、安心してニヤニヤし続けてばかりいることはできない。彼らのおかれた緊迫した状況が、突然鼻先に冷たい刃物を突きつけてくるのである。
読了日:07月12日 著者:サマセット モーム
人形 (デュ・モーリア傑作集) (創元推理文庫)人形 (デュ・モーリア傑作集) (創元推理文庫)感想
レベッカ』であったような上品で甘やかな薄暗さは、著者の初期作品から変わらぬテイストだったことが窺えます。ストーリーはシンプルだし、人物造形は極端に偏りすぎるきらいはあるけれども、噛み合わない会話、すれ違う思惑が心をざわつかせる。本人の厚意に反して疫病神のように人を堕落させる『笠貝』、少女が待ちかねた大人の世界を嫉妬と愛憎と嘲りに塗れた社会だと気づく『飼い猫』…。どこかで聞いたような話であればこそ、自分に引き寄せて感じてしまう薄気味悪さがあります。
読了日:07月18日 著者:ダフネ・デュ・モーリア
闇の左手 (ハヤカワ文庫 SF (252))闇の左手 (ハヤカワ文庫 SF (252))感想
愛と性は不可分なものなどではない。家族、友人、恋人、仲間、人と人を結ぶことばはどれもこれも上滑りに感じて、そのいずれでもない異星人との間にも生じうるその感情を、一言で表現することなどできはしないのだ。
読了日:08月04日 著者:アーシュラ・K・ル・グィン
流 (講談社文庫)流 (講談社文庫)感想
面白くて久々に一気読みした。やっぱり人を引き込み共感させるのは笑いの力だと思った。笑えないことだってたくさんあるこの世界で、望んでも望まなくても同じ人間なんだと思わせる。それにしても次から次へポンポン出てくるエピソードの数と面白さがすごい。
読了日:08月06日 著者:東山 彰良
ダロウェイ夫人 (集英社文庫)ダロウェイ夫人 (集英社文庫)感想
流れるような意識と、死の永遠。読むあいだは浮かんで消える意識の泡のようであっても、小説は、瞬間の輝きを永遠に閉じ込める可能性を信じさせてくれる。
読了日:08月19日 著者:ヴァージニア ウルフ
降り積もる光の粒 (文春文庫)降り積もる光の粒 (文春文庫)
読了日:08月24日 著者:角田 光代
江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)感想
みにくいものを見たいと思い、不気味なものに惹かれる好奇心を満たしてくれるのは勿論、最後に収録されていた『芋虫』の凄絶さに打たれた。戦争で四肢を失い、五官さえも奪われたその人が、最期に柱に遺したたった3文字の言葉こそは、人間性というものの代え難い尊さを示している。乱歩の興味は確かに不気味な閉鎖的空間を創り出すことにあったのかもしれないけれど、その闇色のコントラストが濃いほどに、浮かび上がるものもくっきりと見えるように思う。
読了日:09月01日 著者:江戸川 乱歩
楽園への道 (河出文庫)楽園への道 (河出文庫)感想

フローラ・トリスタンに激励される。革命のための扇動の旅は神の教えを説いて回る聖者の巡礼の様相を呈していた。いっぽう、フローラの異性嫌悪にたいし、ポール=コケの性俗っぷりは痛快ですらある。欲望のままに生きることを志向するのは他者を蹂躙することと隣り合わせだ。地上の視点からみれば対極にあるように見えたとしても、祖母と孫の追求したもの、そのなりふり構わない熱量には共通するものがある。当然だ、それは人類全体にとっての夢なのだから。
読了日:09月14日 著者:マリオ バルガス=リョサ
ロリータ (新潮文庫)ロリータ (新潮文庫)感想
私の中のフェミニスト的な者がハンバートに抗議の声を上げるよりも先に、他者を性的対象として見る人間としての目が彼に同化していました。変態男であり、エゴのために少女の権利を蹂躙する犯罪者であり、気持ち悪いおじさんであり、でも赤の他人ではなかった。チェス相手のぼんくらな隣人から、ロリータほどには溺愛していない妻や恋人、そして自分自身までも、シニカルなユーモアをもって活写するからです。そして494頁の絞り出すかのような告白は、正誤など存在しないこの世界にとぐろを巻く奇妙な成り立ちに、思いを馳せさせてくれます。
読了日:09月30日 著者:ウラジーミル ナボコフ
地図と領土 (ちくま文庫)地図と領土 (ちくま文庫)感想
現行の市場経済の繁栄は終焉を迎えようとしている。作中に著者自身が登場してみずからウィリアム・モリスの著作を引用 するように、取って代わるのは「農村的共同体への回帰」なのだろう。本書が刊行された2010年以降、ますます加速するシェアリングエコノミー社会の拡大と地方都市への回帰が、その予想の正しさを証明している。こうした同時代性を別としても、この小説全体を覆っている寂寥感に私は惹かれる。それは主人公の一人であるアーティスト、ジェド・マルタンが作中で創造する架空の芸術作品の数々が演出するものだ。ひととき交わっては必ず去っていく人生の中の登場人物たち。そして何よりも、規則正しくスーパーと家の往復を繰り返す一人暮らしの日常こそが、至上の贅沢であるという事実。「社会の内部にあって、個人とは束の間のフィクションにすぎない。」フィクションのただなかに身を浸しながら生涯を終えること以上の幸福はない。
読了日:10月13日 著者:ミシェル ウエルベック
モーム短篇選〈上〉 (岩波文庫)モーム短篇選〈上〉 (岩波文庫)
読了日:10月16日 著者:モーム
わたしの本当の子どもたち (創元SF文庫)わたしの本当の子どもたち (創元SF文庫)感想
結婚の選択を境に一人の女性の人生が分裂し、バタフライ効果で社会の様相までもが変化していってしまう設定はかなり面白い。まさに私自身がそのような人生の分岐点にあることもあり、ちょっと他人事のように思えなかった。人権や自己実現、子どもを持つ理由と意味、など色々なテーマへの取っ掛かりがあるのだが、たまたま並行してイシグロを読んでいたこともあり、ラストの落ちには考えこんでしまった。作り事だとしても本人が信じているのが本当の人生なのであり、終幕に至ってさえも自分は自分の人生を不確かなままにして死んでゆくのだ。
読了日:10月29日 著者:ジョー・ウォルトン
自分ひとりの部屋 (平凡社ライブラリー)自分ひとりの部屋 (平凡社ライブラリー)感想
500ポンドのお金と自分ひとりの部屋。リアリティをともなった「共通の生」とは、何も本を書くことでなくても良いわけだ。肝心なのは、わたしたちが自分の考えを持つこと、そしてそれを恐れずに書くこと。ウルフが具体的に構築することは不可能だったにせよ、ある種のかたちで彼女が志向した世界の在り方は実現しようとしつつある。ただ、たしかに「中断は入り続ける」のだろうな…。女性の自立を考えるにあたって、生活や出産の問題に直面するとき、いつも私の貧困な思考は固まって、過去の慣習へと遡っていってしまうのだ。
読了日:11月05日 著者:ヴァージニア ウルフ
忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)感想
わたしの周りには、長く付き合いのある他人はあまり多くないけれど、それでも時折、思い出話の食い違いに驚きをおぼえることがある。霧に覆われた、不確かでグレートーンの曖昧な絵。とはいえ、その忘却に何度となく救われて生きてこられたことも真実だ。永い時間の中ではいずれ何もかもが失われてしまうけれど、せめて憶えていられる間だけは、何度でも咀嚼していたい。たとえ無意識のうちにそのかたちが変わっていたとしても、反芻しているその時間の幸福は確かなものだ。この小説はそうした幸福感を、外側から与えてくれる稀有な存在でもある。
読了日:11月09日 著者:カズオ イシグロ,Kazuo Ishiguro
ある島の可能性 (河出文庫)ある島の可能性 (河出文庫)
読了日:12月18日 著者:ミシェル ウエルベック
モーム短篇選〈下〉 (岩波文庫)モーム短篇選〈下〉 (岩波文庫)
読了日:12月19日 著者:サマセット・モーム
愛憎の王冠〈上〉―ブーリン家の姉妹〈2〉 (集英社文庫)愛憎の王冠〈上〉―ブーリン家の姉妹〈2〉 (集英社文庫)
読了日:12月22日 著者:フィリッパ グレゴリー
愛憎の王冠〈下〉―ブーリン家の姉妹〈2〉 (集英社文庫)愛憎の王冠〈下〉―ブーリン家の姉妹〈2〉 (集英社文庫)感想
自分を持ち、なりたい自分になれることは幸運だ。なぜならそう育てられなければ可能性すらあることに気づかないから。まだ子どものうちに嫁にやられ、女だからと碌な教育どころか読み書きすらも教えてもらえない人生。夫に見捨てられたら退屈な世間話だけに時間を費やし、学ぶ意欲も生きる喜びもない。自分の生き方を選ばせる力を与えることだけが親が子に唯一できることなのではないか。人は常に今が一番新しい時代だと信じ続ける。私たちに本を燃やすことはできない。世界の秘密を解き明かし、前に進み続けていると信じる私たちには。
読了日:12月28日 著者:フィリッパ グレゴリー

読書メーター

 

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