耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

フランク・ワイルドホーン&フレンズ

梅田芸術劇場で催された、作曲家フランク・ワイルドホーン氏のコンサート、題して『フランク・ワイルドホーン&フレンズ』を聴きに行った。

別にフランク・ワイルドホーンのフレンズでもないのにセット券につられて観に行ってしまった私は、第一幕の途中から眠くなってきてどうしようかと思ったが、第二幕は本当にあっというまに終わってしまった印象である。歌も、その背景になったストーリーも、本当に一曲もわからない。だからこそ純粋に出演者の歌とパフォーマンスだけを注視することができたともいえる。それはそれで新しい楽しみ方だ。我ながらいまだになぜ取ったのかといわれると困るほどの衝動買いチケットだったのだが、ともあれ値段分の満足感を得ることができたのは確かである。

とにかくサブリナ・ヴェッカリンとトーマス・ボルヒャートのファンになった一日だった。公演前は名前すら知らなかったのに。若手漫才師のツカミで「今日は名前だけでも憶えて帰っていただけたらと思うんですけどね~」と前置きしてから各々名乗るというくだりがあるが、既にミュージカル界でトップに煌めいている彼らはもちろん今さら舞台上で名乗ったりなどしてくれない。なので帰りの電車で素早く調べたところ、お二人ともドイツの方だったようだ。欧米系アーティストイコール全員アメリカ人であるかのような、前時代的な思い込みで舞台を見ていたことに気がつく。

サブリナは歌声のコントロール、演技の振り幅がとにかく広かった。彼女の広がりまくったソバージュのヘアスタイルのように、全身から感情を発散させるかのような外方向への歌声の爆発も、静かに思いに耽るような内向きの表現も抜群。とにかく声量が、ただでさえ豪華な出演者陣の中でもピカイチだった。圧倒された。聴いているだけで歌の宇宙へと連れ出されるような気分だった。

トーマスは歌の迫力もさることながら、誰よりも劇場を盛り上げるパフォーマンスが素晴らしかった。オープニングで出てきたときからその長身と、モアイ像のように彫りの深い顔立ちに目を奪われる。ドイツ語が何よりも厳密で美しい言語に聞こえる迫力の歌声。舞台人になるべくしてなった俳優なのだと思った。
ところが"Dangerous Game"という曲で様子が一変する。途中まではジャッキー・バーンズと本気でセクシーな演技も交えたデュエットを歌い上げ、見ていた私はシャツの前をはだけたトーマスに我を忘れドキドキしていたのだが、歌が終わって伴奏に入った辺りで突然トーマスが大袈裟に腰を振り始める。エロティックというよりは剽軽な動きに、客席からは笑い声が。その後もジャッキーと目を見交わしながら性的魅力むんむんで誘うジェスチャーをするのだが、最終的にトーマスがふられて肩を落として退場、という寸劇。背中を丸め、肩を落としてトボトボ歩くポーズもマンガ的でかわいかった。エンターテイナーだなあと思う。この寸劇はお客さんにウケていたこともあり、カーテンコールでもやってくれていた。

ジャッキー・バーンズといえば、サブリナとのデュエットソングもすごかった。Madhatterの曲だっただろうか、曲名を忘れてしまい定かではないのだが、彼女らがそれぞれ単独で歌うよりも互いにパワーを引き出しあっていた。切磋琢磨とはこういうことをいうのだろうか。実力のあるパフォーマーたちの間に小手先のテクニックなど存在しない。堂々と自分のできる最高のパフォーマンスをすることで相手の実力を120%引き出す。そんな物凄い瞬間を見たという実感があった。

この素晴らしいパフォーマーたちがみなワイルドホーン氏のフレンズであるという共通項を持っているおかげで、この大阪で、気軽に足を運べるコンサートを開いてくれたことにただ感謝したい気持ちだ。
コンサートの要所ではワイルドホーン氏のコメントが差しはさまれ、彼の誠実な人柄と音楽への愛が伝わってくる舞台だった。
そして、妻への愛も。

和央ようかさんを見るのは初めてだったけれど、"Havana"でまるで米国ドラマに出て来る女子のようにサブリナ、ジャッキーとともにイケイケ女子を演じ、"All That Jazz"ではびっくりするほどの細身の体でよくもここまでというほどに色気を表現し、そうかと思えばヴァンパイアの曲で(曲名失念)男役としてマントを翻しながら女性への愛を歌い上げるシーンには思わずくらっときそうになった。彼女は舞台上で人の心を掴むのに必要な要素を十二分に心得ている。そりゃーフランクも惚れるわ。舞台上で何度も「wife」連呼して僕の妻だよアピールしたくなるわ。私は今後おそらく宝塚にハマることはないと思っているのだが、 ハマる人の気持ちがどうしようもなく分かってしまった瞬間であった。

最終的にカーテンコールは拍手が鳴りやまず、演者たちは捌けてはまた出、を繰り返していた。私などは途中で「もうええんちゃう?」と思っていたほどだったが、観衆とは貪欲なものなのである。感極まってフランクが和央さんにキスするシーンも飛び出し、客席は大盛り上がりであった。