耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

クリスマスオンアイス2015へ行った話

先日、クリスマスオンアイス2015の大阪公演へ行った。

クリスマスをテーマに据えたこのアイスショーは、現在米国留学中の橋大輔氏が一時帰国して出演する久々のショーであった。客層も彼を一番の目当てに足を運んでいると思われる長年のフィギュアスケートファンが多かったように見受けられる。心から応援している相手の姿を目に焼き付ける機会というものは貴重なもので、心を弾ませる女性たちの姿は、以前から橋氏の特別なファンというわけではなかった私の胸をも暖めた。

私はといえば、前日引っ越し作業をしていたため、公演日は疲労で午前10時まで起き上がることができなかった。前夜、眠気で朦朧としながら、開演30分前の11時半頃に会場に着くつもりで電車の時間を調べておいたのだが、家から駅までバスの時間を考慮に入れ忘れ、結局ギリギリの時間に家を出ることに。この「バスの時間を計算し忘れる」はこれまで数限りなく繰り返してきたミスだが、今回のように疲れていたり、予定に対するやる気があまりなかったりするといまだにやってしまう。だが近日、駅まで徒歩10分圏内の引っ越し先に移り住む予定なので、そうすればもうこのようなミスはしなくなるはずだ。

そんなこんなで、長い長い長堀鶴見緑地線に揺られてなみはやドームへ着いた頃にはほとんど開演時間の数分前であった。ちなみに車内では昨日届いたばかりの帝劇2015「エリザベート」ライブ盤CDを聴いていた。こちらの感想もまた後日書きたい。

フィギュアスケート関係のイベントでなみはやドームへ来るのは2度目だ。ちなみに1度目は2014年のNHK杯。チケットのもぎりを通過して中へ入るなり、いきなりプレゼントボックスの列と満員の観客席、そしてスケートリンクが目に飛び込んでくる。コンサートホールではなく、ドームなのでロビーはないのだ。時間ギリギリで焦っていた心が、まっさらなアイスリンクを目にするなりほどけていくのを感じる。去年のNHK杯でも、こうして心の準備をするより先にリンクが目前に現れ、否応なしに胸が高鳴ったものだった。アイスショーは試合とは異なり、ドームの天井を照明がさりげなく飾り、モニターからは東和薬品の宣伝活動を行う橋大輔氏の声が聞こえて気分を盛り上げる。

時間ギリギリになったせいで周囲の座席の方に迷惑をかけるのを申し訳なく思いつつ、狭い隙間を縫うようにして座席に着き、観戦の準備を整える。なみはやドームの座席はもともとあまり広くはなく、おまけに冬場だから両隣のお客さんもダウンを着込んでいるので、なかなか窮屈だ。それでもなんとか鞄からユニクロのウルトラライトダウンを取り出して膝にかけ、双眼鏡を膝の上にスタンバイする。アイスショーの会場としては冷えている方だったのではないかと思う。スタンド席だったが、時間が経つにつれ、膝にかけたダウンの下から冷たい空気が入り込み、じわじわと足元が冷えていた。

準備が整ったところで会場が暗くなり、開演。いつもこの瞬間の、真っ暗な時間が一番わくわくする。やがて照明がきらめき、橋大輔氏が登場したときの歓声には心が温かくなった。ここにいるだれもが待っていたのだ、彼の帰還を。

私は橋大輔のビッグファンというわけではない。気がついたらチケットを取って会場に足を運んでしまうほどフィギュアスケートを熱心に見始めたのはソチオリンピックのシーズン以降だ。しかしそれ以前から、橋大輔選手の演技はテレビに映っているだけで思わず視線を奪われてしまう存在だった。表現することへの情熱と歓喜。苦難と浄化。見るたびに年々深みを増していく氷上の姿は、私のようなチラ見している人間にですら感じられていたほどだから、ずっと彼を見つめて追い続けてきたファンの方はさぞかし充実したファン生活を過ごされたことだろう。そしてその時間が濃ければ濃いほどに、彼の休養と引退、そして留学という選択への葛藤は大きかったのではないか。ずっとスケートをしている大好きな彼を見ていたいという気持ちと、彼の進む道がどうあれ応援したい気持ちが、両立しないかもしれないこと。今日のショーで、橋氏は本人の口からはっきりと「また滑りたい」と仰っていた。それを聞くまで、彼のファンの方たちがどのような気持ちで待っていたのかと考えると、いじらしく思えてならなかった。

二幕で、ゲストシンガーのクリス・ハート氏と橋氏のトークシーンがあったのだが、そこで話している橋氏の口調から感じられたのはファンへの信頼感であった。会場全体が彼のファンであることを彼は承知している。何をしても受け止めてくれる観衆だと分かった上で、それでもなお、以前よりもなお成長した自分の姿を見せようとしている。だからといって、自分を実際以上に見せようという気負いのようなものは感じられない。溢れんばかりの才能を持っているのに、素直で、愛嬌がある。それもまたこれだけの数の人に愛され、応援される理由の一つなのだと思う。

夢のような時間は瞬く間に過ぎ去ってしまう。アイスショーで受けた感動は手のひらの上ですぐに溶けてなくなってしまう雪の結晶のようなもので、次から次へと展開するプログラムを、隅々まで胸にとどめおこうとしても、気がつけば後に残るのは目に焼き付いている一瞬の印象だけになっている。残らないものであるからこそ、私の眼で私の脳を通して心の動きを得たその時間は、他のものには代えられない輝きを残してくれる。

個人的に特に好きだと思ったのは、見ていると思わず恋がしたくなる衝動に駆られるパン&トン組と、鈴木明子さんの、女性らしい恋の切なさや、普段は素直になれない家族への感謝の思いの表現が共感を呼ぶ演技だった。けれどそれだけでなく、ショー全体としてさまざまな形の「愛」のテーマが通奏低音として流れており、現実を忘れてひとときの夢を見ることができた。

フィギュアスケートはスポーツであり、試合の高揚は一度足を運ぶと麻薬のように次を求めてしまうほどだ。しかし引退したスケーターや現役選手も含め、こうして人の心を動かす表現の場を持てるというのもまた、この競技の特別な一面である。