耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

2019年11月に読んだ本

今月のようす

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11月は初旬の頃に枚方蔦屋書店で催された海外文学の鼎談イベントに行ってきた。登壇者は書評家の江南亜美子さん、山崎まどかさん、小説家の藤野可織さん。*1 わたしは藤野さんの小説が好きでよく読んでいることもあり、しかも関西で一般向けに海外文学のトークが聴けるなんてレアな機会には申し込まずにはいられなかった。

 

好きな海外小説について書影をスライドに次々と写しだし、ざっくばらんに紹介しまくるというスタイルで次々と繰り出される情報量、紹介された本がぜんぶ読みたくなってしまうというツボの押さえっぷりで、大変おもしろかった。内容だけでなく装丁の美しさなどにも触れられていたのが、いかにも本好きの集まりというかんじで良い。ちなみにその日紹介されていた未読本でいちばん美しい装丁だと感じたのはオンダーチェ『戦下の淡き光』、写真で見るよりも実物がとても素晴らしい。それ以来書店の海外文学の棚を通りすがるたびにこの本が気になってしまう。

個人的にうれしかったのは韓国文学に関するパート。紹介されていた『外は夏』を、ちょうどイベントの開始前に書店の中でうろうろしていたとき偶然手にとって半分くらいまで読み進めていたところだったので。おすすめ本リストの中に自分が既に好きで選んでいた本が挙げられていると、そのリスト全体がぐんっと自分に近づいてくる感じがするというか、期待値がとても上がりますよね。もちろんそもそも第一線の読み手の方々なのだから、もとよりお墨付きの墨はくろぐろとしてあったわけなんだけれども。

とはいえ読むのがとてもおそく、生活のさまざまなことに気を散らせがちなわたしなので、おすすめされた本はまだぜんぜん読めておらず、今後の「読んだ本」記事シリーズにちょこちょこと出てくることになるかと思います。

 

今月の読んだ本

キム・エラン『外は夏』 (となりの国のものがたり3) 
外は夏 (となりの国のものがたり3)

外は夏 (となりの国のものがたり3)

 

大きな存在の喪失という普遍的なテーマを繊細に扱う手の温度に、胸が詰まる。他人の痛みに寄り添おうとしても上手くできないでいたこと、自分の痛みをひとりで抱えていなければならない不安を思いだす。それでもどうにかしてどこかへ向かおうとする人の姿に、静かな力を貰う。「わたしは今でも人間がわかっていないし、死がわかっていないし、人生が何なのか、よくわかっていません。」と語る著者の前書きに、作品たちから感じる誠実さの源を見る思いがする。
読了日:11月03日

ペク・スリン『惨憺たる光』 (韓国女性文学シリーズ6)
惨憺たる光 (韓国女性文学シリーズ6)

惨憺たる光 (韓国女性文学シリーズ6)

  • 作者:ペク・スリン
  • 出版社/メーカー: 書肆侃侃房
  • 発売日: 2019/06/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

悲しみを側におきながらも手放せずにいる人たち。国籍や人種を超えて人の苦しみに心を寄せる。登場人物たちの過去が語られる背景、その見え方の違いに時折はっとさせられる。私たちが戦時中と呼ぶ時期は、「植民地時代」なのだなとか。私たちが単に韓国と呼びならわしている国の持つ唯一の国境線は、敵国との境界なのだとか。住む場所を離れて遠くから見るように、この短編集を読んでいると、ガラス玉の中に閉じ込めた悲しみを外側から眺めているような気持ちになる。
読了日:11月21日

 

コレットシェリ
シェリ (光文社古典新訳文庫)

シェリ (光文社古典新訳文庫)

 

 端々を彩る豪奢な室内の描写、物語のあちこちに散りばめられた真珠の装飾品やレースや毛皮…そういったものと対照をなすかのように、老いた女たちの容色の衰えにたいして向けられる、あまりにも冷静で無慈悲な視線。

老いることへの恐怖といえば『ドリアン・グレイの肖像』を思い出すけれど、それよりも好感がもてたのは、身体的に衰えていくことに必要以上の恐怖や抵抗を覚えることなく、それらの受容に苦しみながらも精神的な充足を求めていこうとする態度が感じられるからかもしれない。

読了日:11月01日

 

マーガレット・アトウッド『昏き目の暗殺者』 下
昏き目の暗殺者 下 (ハヤカワepi文庫)

昏き目の暗殺者 下 (ハヤカワepi文庫)

 

並行して語られる複数の物語はまるで異なる位相にあるように見えたのに、その重層構造が徐々に明らかになっていくスリリングな構成。語ることは未来のためであっても、実はひどく罪深い行為なのでは?その影響が書き手にすら計り知れないがゆえに。「その老女は歴史を美化し改竄する。」語ることとは、真実を作り変えることでもある。けれどそれを人に自覚させるのもまた、小説の力である。

姉と妹、あまりにも近すぎて、愛しくて、憎い。生者よりも死者の方がより長く、より注意深く耳を傾けることができるから、死者との方をより近づけてしまうのだろうか。

読了日:11月03日

ジュリアン・バーンズ『終わりの感覚』 (新潮クレスト・ブックス) 
終わりの感覚 (新潮クレスト・ブックス)

終わりの感覚 (新潮クレスト・ブックス)

 

自分を騙しながら「それなりに」生きてきた自分の人生が、終幕に際して復讐を仕掛けてくる。自分の人生は自分の望むように都合よく作り替えられたものなのではないか、という問いは、時にウィットに富んだ文章を差し挟みながら、繰り返し変奏される。とはいえ「衝撃の結末」の種明かしがラストに用意されているのは物語を陳腐なものに変えてしまっているような。

…と思ったものの、ここでは語り手=主人公である以上、そこに至っても彼の人生は彼の人生であり、客観視すればどこまでも下世話で滑稽な興味に彩られたものだということなのか。
読了日:11月08日

 

白銀の墟 玄の月 第三・四巻 十二国記 (新潮文庫)
白銀の墟 玄の月 第三巻 十二国記 (新潮文庫)

白銀の墟 玄の月 第三巻 十二国記 (新潮文庫)

  • 作者:小野 不由美
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/11/09
  • メディア: 文庫
 

一連の乱の発端となった「彼」の感じた苦しみが、思いがけず今日性を帯びていることに驚く。最後まで読めばこの顛末は『魔性の子』を書かれたときから構想されていたものであろうことは分かるのだけれど、まるでわたしたちの精神がこんなふうになってしまうのを待っていたかのようで。

いや、やっぱりそうではなく、その感情はどんな世界でもどんな人でもいだくものなのだ。羨み競う相手に顧みられない恥辱、孤独感が、もしかすると自分の作り出した幻想なのかもしれないと気づかないまま、これほどまで醜く、周囲を巻き込んで不幸にする惨さの端緒になりうると、わたしたちは知ってしまっている。

 

白銀の墟 玄の月 第四巻 十二国記 (新潮文庫)

白銀の墟 玄の月 第四巻 十二国記 (新潮文庫)

  • 作者:小野 不由美
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/11/09
  • メディア: 文庫
 

経験したすべてのことは無駄にならないというけれど。泰麒=蒿里、あの弱弱しかった少年がこれほどまでに強かに、自分を律し、抑制し、自らの精神と肉体とを為すべきことのために差し出す人間に成長したのは、彼の身体を通り過ぎていった幾多もの体験のためかと思うと胸に迫るものがある。怨嗟、憎悪、無念。彼岸でも此岸でも。決して彼のせいではないけれど、生まれ落ちた瞬間に背負ってしまった責。長くて寒い冬には生き抜くことが至上命題となる雪国の人びとのように、自分の在りたい生き方と生き延びるための時に冷酷でさえある合理性とのはざまで胆力を鍛えられ、精神の芯が強靭に支えられる。

もともと力強く直截な至言が人物の口から発されることの多い十二国記だけれど、この『白銀の墟 玄の月』における特に泰麒の描写は最小限に抑えられていると感じる。だからこそ余計にその印象が深く残る。

読了日:11月15日

 

イアン・マキューアン『贖罪』〈上〉 (新潮文庫)
贖罪〈上〉 (新潮文庫)

贖罪〈上〉 (新潮文庫)

 

少女と思春期のあわいにあって、目の前の現実と自分の内面にある認識との差異が明晰でない状態が描き出される上巻。タイトルとの違和を感じながら、十代のころのことを思い出しながら読み進めていたところ、第一部の終わりに驚きの展開が。

これを書いている12月上旬、下巻を半分くらいまで読みながら上巻の内容を思い返しているのだが、想像の上をゆく現実に直面したときの感覚が表現されていることが興味深い。

読了日:11月21日

 

 

▼2019年11月の読書メーター
読んだ本の数:8冊
読んだページ数:2636ページ

*1:本当は『地下鉄道』等の翻訳をされた谷崎由依さんも来られる予定だったのだが、急遽欠席されてしまっていた