耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

2023年7〜8月に読んだ本とか

最近のようす

やっと夏が終わりつつありますね。まあまだあと1ヶ月は半袖で過ごしてるんでしょうが…

8月は世間がお盆のなか田舎の親戚家からとんぼ返りしたと思ったら、めずらしくも夜中まで仕事することになり「わたし何やってんだろ…」と思っていたらその後子どもと一緒に体調を崩して3日休むはめになり、本当に「何やってんだろ…」という過ごし方でした。普段発熱しても大体すぐ下がる丈夫な子なのにめずらしく数日間ほとんどなにも食べられずうとうと寝ていたので心配したものの、わたしも横で一緒に休めたのは助かった。ちなみに今は元気で、病気前より一回り大きくなっています。

 
カン・ファギル『大丈夫な人』

わたしは、ひたすら大丈夫な人になりたかった――。

この一文を帯に書いてくれた人にありがとうと言いたい。この文章を見て読まずにいられなかったから。

この「大丈夫な人」というニュアンス、韓国語からの翻訳にもかかわらず確かにわたしの内面にもある感覚を表しているように思える。周囲の同調圧力により言語化できないままに植え付けられた志向性であったり、規範意識であったり、そしてそうなれないことへの焦り。プレッシャーをかけてくると同時に阻害もしてくる得体のしれないものに対する不安。

前半の方にある短編はシャーリイ・ジャクスンとかの読後感になんとなく似ているな~と思っていたら、訳者あとがきに著者本人も意識している感じの言及があったので勘、あたってた!とちょっとうれしくなる。とはいえもうすこし現代的で、働いても働いても自分の将来がよくなる気がしてこないという社会的な感覚が明確に落とし込まれているかんじ。ちょっとおとぎ話っぽい毒素がより生々しくも感じられ、気味がわるかった(ほめている…)。

ちなみに、虫が苦手な方は読まないほうがいいかもしれません。

 

加藤陽子『それでも、日本人は戦争を選んだ』

8月はなんとなく戦争の本を読みたくなる。前々からいろんなところで紹介されているのを見かけていて、著者の方がお正月にNHK「100分de名著」の特番に出演されていたのを見て気になっていたところ、新潮文庫の100冊にも選ばれていていよいよ買った。読みはじめてすぐわかったのですが、いやこれは確かに名著として紹介したくなるわ。読者の間口をひろげる建付けがすばらしく、高校生向けの集中講義として東大の一般教養の教壇に立っている加藤先生が戦争の話をするという企画なんですね。もちろん歴史エリートの高校生たちなので先生にあてられたときの回答が、そりゃ凡人には思いつかんわ…みたいな方向からくる切れ味のものだったりもするのですが、とはいえ読者を置いてけぼりにすることがなくてすばらしい。

一応高校までの日本史で学んではいたはずなんだけども、やっぱりひとつの国家が戦争にまで突き進んでしまうまでの歯車の噛み合わせは一筋縄ではいかないもので、何度でも学びなおし理解しなおす必要があるように思う。ばいきんまんやヴォルデモートみたいな邪悪なひとつの意思で戦争が起こるわけではないのだから。

周囲にロシアと中国という政治思想を異にする大国がある。この条件は現代に至っても変わっていない。そういう意味ではひんやりと胸の中が冷たくなるような感覚を抱きながらも「知る」ことの興奮と語り口のやさしさでほとんど一気読みしてしまった。

ところで本書の主題と直接は関係ないのだが…どんなに賢くて優秀な人間でも、どうして後世からみると誤った決断をするようなことが起こりうるのか、という前置きの話が印象的だった。要はあまりにも大きなプレッシャーの元で、人は冷静な決断をすることが難しくなり、最初に思い浮かんだ事例からの反省に囚われてしまいがちになるのだとか。*1多数の人間の命運を背負っている強いプレッシャーのもとでできるだけ最適に近い決断を下すには、やはり広範囲に渡る数多くの事例を知り、かつ、真実に近い解釈で学びを得ることが大事なのだと。確かに人は間違えるものだけれど、なるべく間違わないための努力というのはやはり勉強であり経験なのだなあ…

 

小川洋子『約束された移動』

これは寝る前に毎日一篇ずつ読んでいた。小川洋子さんの短編集を読んでいるといつも心から安堵感をおぼえる。全ての作品が揃って粒だっていて、毎回同じ感触でわたしを慰めてくれ、それでいて少しずつまだ見たことのない世界を見せて楽しませてくれることに。

歳をとるほど自分自身の人生が作品の登場人物に近づいていく気がする。自分の役割や居場所のために奇妙に自分自身を変形させ、どんなにささやかでとるにたらないように思える役目だとしても、たとえ誰にも気づかれず顧みられなかったとしても、その役目を遂行するために全神経をとぎすませてなし遂げる。自分もそうでありたい、そうであればいいなと願う。

 

綿矢りさ『嫌いなら呼ぶなよ』
嫌いなら呼ぶなよ

嫌いなら呼ぶなよ

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帯に「綿矢りさ新境地♧」とあるけどむしろ原点回帰というか本領発揮、面目躍如という感じがした。わたしの中のイメージですが。ちょっと下世話な興味をくすぐる題材をえらびつつキレキレの文体で「今っぽい」同世代の孤独をえぐりとる。整形して自分の顔をぐるぐる巻きにするOL、アドバイスと称して面倒なネガティブコメントを入れる厄介なファン、不倫した男をフルボッコにする家族ぐるみの友だちの集まり……書き出してみると素っ頓狂に見えるのだけどどれにもこれにも、「自分をみつけてほしい」と「隠れていたい」ふたつの相反する感情があふれだしていて、滑稽であると同時にせつない。こういう必死さにたいする、胸がぎゅっとなる気持ちと、おかしくて笑っちゃう気持ちを、同じ作品の中で読者の胸にたくみに呼び覚ましてくる。

 

マギー・オファーレル『ルクレツィアの肖像』

sanasanagi.hatenablog.jp

感想を書きました。記事の末尾に、この本が好きな方におすすめ…みたいな本などのリンクをこっそりつけていたところ、こちらにもルクレツィアさんいるよ~と教えていただいて読んだ漫画がこちら↓

 

川原泉『バビロンまで何マイル?』

現代の幼馴染男女2人組がひょんなことからタイムスリップしてしまい…⁉︎みたいなあらすじ。いよいよワープしてルクレツィア出てくるかな!?と思ったらいきなり恐竜時代に飛ばされて笑った。川原泉さんの漫画初めて読むんですが、史実の悲劇的なストーリーをゆるかわな絵柄や力の抜けたユーモラスな空気感のツッコミで緩和する塩梅がとても好きなかんじだった。それでいて必要な時代背景の説明や情緒的な感動は呼び覚まされるのも充実感がある。

ルネサンスの政治情勢これまでぜんぜん分からなかったのだけど、チェーザレ・ボルジアのあたりまで興味がわいた。情勢複雑怪奇のイタリア面白いね…。*2自分の好みの広がりに気づいたので他にもそのあたりのフィクションもっと読みたいな〜。

 

(演劇)ある馬の物語

この記事に入れようと思ったら半端な長さになったので別記事を書きました。

それにしても阪急中ホールは本当に好き。特に冷房がきいてる夏が好き。サックスの音、うつくしかったな~

sanasanagi.hatenablog.jp

 

*1:元々はアーネスト・メイ『歴史の教訓』という本に依るものだそうなので、読んでみたい。

*2:ちなみにこちらに出てくるチェーザレの妹ルクレツィア・ボルジアさんは『ルクレツィアの肖像』に出てくるフェラーラ公国アルフォンソ2世の祖母にあたる人でした(おじいちゃんと孫が両方アルフォンソで、妻もたまたま同じルクレツィアという名前…。