人には、自分が所有しているものに価値があると思い込む認知バイアスがあるものらしい。
自分の持ち物について冷静にひとつずついるものといらないものに分けてみると、好みや失敗の癖が見えてくる。
所有している鞄ひとつずつに関して取捨選択を行った結果。
かばんの数を減らすこころみ、最終章。
これをやることにした経緯
なぜこんなにたくさんバッグを買ってしまったか
バッグをたくさん持つ女性の心理状況が何かあるのかと思い、ネット検索をしてみたけれど、どれもいまいちピンとこなかった。(特に恋愛や性欲と関連付けたものは)
わたしの場合、やたらと数が増えるのは単に、TPOに合わせていろんなバッグを使いたいと思って買い物に走ってしまった結果だと思われる。旅行用、街歩き用、通勤用、お出かけ用など。
大は小を兼ねるということわざもあるとおり、極論を言えばサンタクロースのような大きな袋をひとつ持っていれば、全てまかなうこともできるはず。一方で、そこそこ見た目をたのしむことも大事にしたいので、大きな鞄ひとつで暮らすことはちょっとできそうにない。
その点は極端に走ってどちらかに決める必要はないので、バランスをとり、いくつかのバリエーションを持っておけばよいのではないか。逆に言えば、似たような用途でいくつもの種類を持っているものは、もう少し削減してもよいのかもしれない。
金銭感覚とおしゃれコンプレックス
貧乏性なのとほんとうに貧乏なのとで、わたしはブランド物を全然持っていない。同年代の女性ではセリーヌやグッチなどのバッグを当然のように持っている人もいて、そういうのを見ると「ワァ~、ステキだなあ~」と思ったりもするのだけれど、わたしはといえば一万円以上の鞄を買うことにさえ物凄く悩む有様だ。
たぶんわたしは、おしゃれのセンスにコンプレックスがある。以前誰かに褒められたことのあるバッグが、もう最近の服装には似合わないとか、みっともないくらいにボロボロだとか、わかっているのに捨てられないのだ。だから、高価すぎるバッグを持っても身の丈に合わないのでは…という思いが先立ってしまう。
年相応のよいものを、という考えもないわけではないが、いまさらファッションリーダーになれるわけでもあるまい。
おしゃれを目指すよりはシンプルで使いやすく、自分の気に入るものであることを優先しよう。そのうえで、素材やデザインが「良く」見えるものを持つようにバランスをとりたい。
今後の目標
最後に、これからやたらとバッグを買わないよう、ものさしを作っておく。
1.軽さ
肩こり・腰痛もちで筋肉量も少ないから、とにかく軽いバッグが必要という切実な理由がある。逆に言えば、いちど軽い鞄に出会うと、ここで買うしかないという焦燥感に駆られてつい買ってしまうのが悪いところである。そんなときは大好きなロンシャンのル・プリアージュのことを思い出そう。
ロンシャンと比べてもなお優れた存在になりうるかどうかが、今後のものさしである。
2.大きさ
毎朝の通勤が満員電車であるとか、お弁当を鞄に入れて通勤するとかいう生活習慣が鞄のサイズや材質に制限を与えている。
かっちりしたバッグやお弁当箱が入らないバッグは、毎日の通勤用バッグとしては買わないと決める。
逆に、かっちりとした自立するバッグで小さくも大きくもないサイズのものがあれば、会社や親戚の集まりから劇場や美術館などおめかしして出かける場所まで幅広く使えて便利なのだが、それを今は持っていない。これは今後買ってもいいかもしれない。
3.ファッショナブルさ
以前は良かったものでも流行は移ろうし、形あるものはくたびれるのだから、今回愛情を再確認したものでも、もう一度客観視しなおすことが重要だと思う。
先述したとおり、シンプルで使いやすく、見た目も含めて自分の気に入るものであること。
自分の生活と買い物
問題はその品物単独の優秀さではなく、わたしの生活との相性なのだった。
物を増やす余裕のない(わたしのような)人間が物を買うときには、自分の生活を見つめなおすことが不可欠。自分の生活に何が必要で何が必要でないかは常に変化する。処分するかはともかくとして、それらの見直しは定期的に実施していきたい。
そしてそれは、自分の生活が「こうありたい」より前に「こうである」ことを考える作業とも繋がっているのだと思う。