ミュージカル「イリュージョニスト」の原作というのをきっかけに知り、図書館でみつけて読みましたが……これは、完全に別物だー!!
舞台はこの短編に着想を得てモチーフを借りただけの別の物語だった。舞台版に出てきた公爵令嬢ゾフィは原作には存在もしておらず、アイゼンハイムの消失の理由をゾフィとの駆け落ちと説明してしまうエンディングが無いのでこれはロマンスを扱った小説ですらないんですよ。先にこの短編が好きで観に行ってたら本当にびっくりしてると思う。
アイゼンハイムがユダヤ人であるというのは確かにポイントだし、彼が結婚を考えた女性の父親がルェーガー(反ユダヤ主義者、1897年~ウィーン市長)の支持者だったみたいな記述は確かにあるけども……
小説では、彼のイリュージョンは世紀末ウィーンの時代そのものと、そしてそれを形づくっていた大衆に向けて為されていたもの。彼の失踪は20世紀という狂った戦争の世紀においてヨーロッパ社会が永遠に失ってしまったものを象徴している……というふうに読めるので、アイゼンハイムという個人の人生がどうであるかを作品の主眼に置けば全く別のテーマになるのは必然ではある。
ただミュージカル版を観ていなければわたしはこの短編に出会わなかったかもしれないし、この短編の解釈にも及ばなかったかもしれないので、そこは感謝したいのだけども……
というか、調べたところミュージカル版というより映画版からなのか、この改変は……
ミュージカル版でアイゼンハイムの奇術を舞台に現前させていたシーンが原作の謎めいた雰囲気を再現していたのはわかった、あれを実際の大衆を集めた劇場でやりたいがための舞台化だったのかもしれない……
そう考えると確かに短編をそのまま舞台化してもなんのこっちゃだし、皇帝による支配とか古き良きヨーロッパの秩序が失われたことみたいな背景の説明を長々するわけにもいかないしな〜(その点、小説では奇術師アイゼンハイムの技巧に大衆が幻惑されていくさまが斜陽となっていく社会情勢とも重なっていて、奇術の描写を重ねることにより世紀末ウィーンの退廃と崩壊に向かっていく都市の匂いも感じられるようになっていて素晴らしい……)
ならば舞台版をエンタメとして成立させるためには映画版のストーリーにせざるを得ないか、と納得もできるのだけど、でも、やっぱり、"人智を超えたものの存在(を人々が信じること)により守られていた秩序や倫理が消えてしまい、大量破壊と殺戮の時代へ向かっていく流れを誰も止められない予感を内包した時代"の雰囲気が、ミュージカル版から無くなってしまっていたのは惜しい……(まあわたしが感じられてないか忘れただけかもしれないけど……)それがあってこその世紀末ウィーンという設定なので……
