耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

2019年4月に読んだ本

今村 夏子『あひる』
あひる (角川文庫)

あひる (角川文庫)

 

牧歌的で親しみやすい雰囲気につられてするすると読み進んでいくと、日常の風景のなかに次第に不穏さとそこはかとない恐怖が忍び込む。物語は終わってもひとの人生には終わりがない。平穏な生活、時が流れさえしなければそれは恐怖でも不安でもないのに、否応なく風景は変化し、見知らぬ他人が侵入する。語り手の女性が身の入らないまま「資格の勉強」をいつまでもしているというのがやけに生々しい。みずから変化する手段を知らないわたしたちは答えを外に探し求めようとする。そのあやうさに気づきながら見ないふりをして。

読了日:04月01日

トム ハンクス『変わったタイプ』
変わったタイプ (新潮クレスト・ブックス)

変わったタイプ (新潮クレスト・ブックス)

 

小説家トム・ハンクスポートフォリオみたいに多様なテイストの短編が楽しめる。わたしが好きなのは『過去は大事なもの』かなあ。結末は教訓めいてもいるのだけれど、それ以上に、ちょっとした欲望が危険だと分かっていながら自分で止められない感覚に身に覚えがあるような気がしてしまい…。「好きな人に会いたい、たとえそれがどんな形であろうと」という欲望って人間の根源的なもののように思う。

読了日:04月03日

村田沙耶香 『きれいなシワの作り方』

 「産むか産まないか」「女にとって仕事とは」といったアラサーのガールズトークで擦り切れるまで語られた悩みや(いくら語っても語り足りない)、「デパートのコスメカウンターで、なぜかヨイショをしてしまう」*1みたいな、わたしだけかと思っていたのに他にもいた!?という共感ネタをシンプルなエッセイ調で書いているのが村田沙耶香さんだと思うと、かえって新鮮に感じる。現代の生身の人間の悩みを考え抜いて極端に振り切ってしまった村田さんという小説家が、自我を解放しきって世の中に送り出すのがあの「トテモカワッタハナシ……」なのだ。

読了日:04月04日

 

 ケン リュウ『生まれ変わり』
生まれ変わり (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

生まれ変わり (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

集積される記憶と、自我の所在。いろいろ考えながらたのしんでいたけれど、最後の一編が他の全てを圧倒してしまった。エリスの「正義」は長期的な目で見れば有効で、そういう考えをとってこそ人類は歴史から何かを学んだと言えるのかもしれない。けれど、ジェンウェンのいう通り今まさに苦しんでいる人から目を背けて何が正義かと言われれば、黙るしかない。共感の渦に身を任せるのは危険だと学んでいる。だけど、それでも…。こんなことで悩む余地があるのは私たちが安全地帯にいるからだ。正反対の考えをもつ二人を生み出せたのは、著者自身の中にも二人が共存しているからだろう。終わりのない議論に答えは出せないまま、別の方に目線を向けて気を紛らわせてやりすごしてしまう罪悪感と、そうしなければ耐えられない個人の無力への諦めも含めて。

読了日:04月16日

 鹿島 茂『「レ・ミゼラブル」百六景』
新装版 「レ・ミゼラブル」百六景 (文春文庫)

新装版 「レ・ミゼラブル」百六景 (文春文庫)

 

 当時のパリの社会情勢や文化風俗が、レ・ミゼラブル稀覯本の挿絵を添えて106ものテーマから解説されている。とにかく映画・ミュージカルなどを見て現代人が少しでも疑問を抱く点についてはこの本に答えがあると言って良いのでは。私はレミゼラブルのバリケードが「だめなバリケード」であったと書かれた章で積年の疑問が腑に落ちたし、街灯が当時のパリでは監視社会の象徴と見なされていたというのもディストピア小説を思い起こさせて面白かった。

読了日:04月18日

スタンダールパルムの僧院
パルムの僧院(上) (新潮文庫)

パルムの僧院(上) (新潮文庫)

 

物語の展開のめまぐるしさに引き込まれると同時に、語り手の少し醒めたような眼差しというか、一歩引いたところから主人公のファブリスを見るような視線を、語り口から感じるのが面白いと思う。ファブリスと同じ10代の頃に読んでいたら全く別の感想になっていたかもしれないし、あるいは恋に恋して自分の身勝手にも気づかないファブリスに魅力を感じずイライラしているかも。いまの私が読むと、どちらかというと彼の叔母のサンセヴェリーナ公爵夫人の目線になってしまう。

読了日:04月29日

 

まとめ

2019年4月の読書メーター
読んだ本の数:6冊
読んだページ数:2244ページ


▼今月も読書メーターさんにお世話になりました
https://bookmeter.com/

*1:オススメされた商品をちょっと試しただけなのに「わあー!お肌がすべすべになりました!」などとなぜか大袈裟なまでに褒めちぎってしまう…という状況。思うに、自分が商品を見定めることよりも目の前の店員さんをがっかりさせたくない、コミュニケーションの場としての空気を悪くしたくない、みたいな心理があるような気がする…。