耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

ミュージカル〈フランケンシュタイン〉感想

以下の文章はミュージカル〈フランケンシュタイン〉に関する詳細な記述を含みます。


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 2月2日、梅田芸術劇場でミュージカル〈フランケンシュタイン〉を観た。ミュージカルの主要登場人物には「美しいが、そばには絶対いてほしくない」人間がなぜかやたらとたくさん存在するが、今回の主人公ビクター・フランケンシュタイン氏も絶対に身近にはいてほしくない種類の男だ。しかし中川晃教さんの歌声のせいで全てを許せてしまう。共感はできない、賛同もできない、寄り添うことも。エンディングは幸福感や明日への希望といった余韻とは対極にある。それでも、どうしても惹かれてしまう。たとえ濁った色を表現していても、輝きは客席を圧倒する。

 考えさせられる、というほどにこの物語に描かれた問題は私の身にとっては切実ではない。自分を産んだ親を恨まずにいられないほどこの世界を憎んだことはない。でも 小西遼生さんの演じる「怪物」の痛みは確かに感じ取れる。ビクターへの想いはひどく強烈な憎しみであり執着だ。なぜなら彼「怪物」の世界にはビクター以外にだれもいないから。やっと心を通わせられたと思ったカトリーヌからも引き離され、突き放された。絶望の淵にあっても、どうして命はあり続けるのか。彼はほとんど縋るようにして、ビクターに復讐しつづけることしかなかった。世界中から拒絶されて疎まれて、自分を造った責務という理由だけを頼りにビクターを求めた。

 北極へ向かった怪物は、ビクターが追ってこなかったらどうするつもりだったのか。それでも良かったのかもしれない。だってだれもいない北極は彼にとってユートピアなのだから。それでも、ビクターにはきちんと行く先を告げて行った怪物の行動は人間らしいのかもしれない。意識的にか無意識なのか、ビクターの存在を求めると同時にビクターにとっても「相手の人生に自分しかいない」状態にすることを求めていたのだから。
 ビクターの夫ジュリアにも「結婚したのだから、私を見て」と発言するシーンがあったが、つまりはビクターという男は他人が目に入っていないのだろう。一番の関心は研究であり自分自身の才能なのだ。

 たとえばアンリが裁判にかけられていたときにすぐに名乗り出ないのも、自分かわいさをも上回って「アンリが死ねば、死体が手に入る」という願望だったように見え、ぞっとした。葛藤を歌いあげ、結局のところ裁判の場に名乗り出るシーンそのものは〈レ・ミゼラブル〉のジャン・バルジャンを彷彿とさせるが、彼を動かしたものはバルジャンような白い正義とは全く別のものだ。ビクターの行動は、何か倫理とか正義とはちがう圧倒的な力に突き動かされるようにして為されたものに思える…私にはそれが何なのかわからなかったのだが(そのとき中川さんの歌声に正面から貫かれるように圧倒され、なにかを考える余裕がまったくなかった)。
そもそも彼自身は、名乗り出る必然性をあまり感じていないようにも見え、ふしぎだった。

 さらに、アンリが死刑になったあと、なんの迷いもためらいもなく踊るようにアンリを生き返らせる作業にかかっていくところにも、常人離れした彼の価値観は表れている。彼は死さえも人間の力で克服できると心から信じているのだ。結果的にアンリの蘇生は「失敗」だったわけだが、それを十分自覚しているはずなのに、二幕で姉のエレンが死んだ時にも全く懲りたようすなく自然な流れで研究室に死体を連れていったときには天を仰ぎたいような気分だった。彼にとっての研究は、成功させて世間をに受け入れられるための欲望などではないのだと思った。この人はほんとうに純粋な気持ちで、自分の研究が成功し、命を戻せると信じているのだと。

 姉エレンの死の場面では、背景の梁のセットがさりげなく十字に見えるように組まれてることに気づいてどきりとした。エレンは弟に無償の愛を注いできたひとだけれど、ビクターは最後までだれも愛せなかった。そしてすべてを無くし極北の地で孤独に死んでいく。被創造物たる「怪物」の望んだとおりに。きっとずっと怪物のことを考え続けながら。
 そう考えれば歪んだ熱情の物語にしか見えなくなり、私は他者を思うということの価値を見失う。

 この二人の間に確かにあったもの、それを私は愛とは呼ばないが、それでは愛とはなんなんだろう。アンリとビクターの関係が歪んだ愛情に縛られ合ったものに見えるのは、その行動と感情が愛し合う二人のものに酷似しているから。相手の世界にいるのが自分だけであってほしいと望み、実際にそうなるように仕向けていく。一方は相手の気持ちを試すために自分を追わせ、一方は世界の果てまで相手を追っていく。冷たく他者を排除した世界の中で、強い感情で結ばれた二人の情念だけが凍り付いて永遠になる。

 それは無償の愛ではない。エレンが弟のビクターにささげたような、ただ何の理由もなく愛だけがあったという愛ではない。だれもに拒絶された自分を、ただ肯定されたいがための執着でしかないのだ。