耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

2022年1〜2月に読んだ本

『ミドルマーチ』の感想がうまくまとまらなくて(ほっとくと永遠にだらだらと書いてしまう…)気づけばもう4月!というわけで忘れないうちにサッと残したいと思います。

 
ジョージ・エリオット『ミドルマーチ 4』光文社古典新訳文庫

年末年始にかけてめちゃくちゃハマっていたミドルマーチ。徹底的に結婚の現実を描き出していると感じて、読んだのがまさに人生の今じゃなかったらここまで響いていなかったかもしれない。金銭や名誉の危機に直面したときに夫婦間でくすぶっていた小さな火種が燃え上がるさまを描くリアリティ。余裕がないと相手を思いやる気持ちが雲散霧消してしまい、いくら自分に言い聞かせても冷静になることができずに感情を爆発させてしまう描写が身につまされすぎてつらい。

特にこの19世紀という時代、女の人生は結婚相手によって大きく左右される。自分が理想とする人生のビジョンがあったとしても、それを自分ひとりの力では達成できず、実現するための手段が結婚のほかにないから始まる悲劇があるなあと思った。

思うようにいかなかったり失望することがあったとしても、自分のできることと人生に向き合って、いかに善く生きることができるか。kindleで逐一線を引いてメモしながら読んでいたので、個々の事例については語りたいことが山盛りなのだけれど、特に終章ちかく、結婚生活が破綻寸前のリドゲイト夫妻を、あたたかな隣人愛・あるいはシスターフッドのような姿勢で救いの手を差し伸べたドロシアに感動した。ただ、こういう気高い精神を持つ人間を描出するためにそれ以外の人間味あふれる有象無象を書くのが本当にうまいんだよなあ。

 

 

小川洋子『遠慮深いうたた寝

実際の陶板画を焼いて作成されたという、その質感を再現したかのような美しい装丁。手に取らずにはいられなかった。インテリアに馴染むようなあたたかみのある本の佇まいにふさわしく、題材は小川さんの日常の一コマから取ったものが多い。生活の合間に少しずつ読むよろこびを与えてくれるような本だった。
謙遜を交えつつ、時折小説家としての自負も滲み出るエッセイ群なのだけれど、特に近年の文章には自分の小説が死後に読まれるかという問いを自身に投げかけるものが散見される。思わず著者プロフィールを確認すると2022年、小川さんは還暦を迎えられる年なのだった。日常の境界をいつのまにか踏み越えて物語の世界に連れて来てくれる小川作品をいつまでも読み続けていたいと願う。

 

三宅香帆『女の子の謎を解く』

ネットではよく書評を拝読している三宅さんの本。漫画や小説の中の女性の描かれ方を通して社会集団の中の女性の立ち位置、彼女たちへのまなざしがどんなものだったかということを読み解いている。
個人的に「カウンセリング恋愛」と呼ばれる少女漫画の表象について、言語化できないままに漠然とした苦手意識を抱いていたのだけれど、この本の『なぜ「平成の少女漫画」のヒーローは弱いの?』という章でまさにそのジャンルについて自分では到底たどりつけなかった読み方をしていて、世界を別の切り口からあざやかに見せてもらえて面白かった。

 

架神恭介,辰巳一世『完全教祖マニュアル』 (ちくま新書)

ちくま新書でなかったら絶対に手に取っていないであろういかがわしげなタイトル。一時期話題になっていたので有名なのかもしれないが、「教祖になるためのマニュアル」の体裁を取って、この世に存在する宗教や信仰なるもののカラクリを解説するという本。kindleのセールになっていたタイミングで読んだ。
ユーモアを交えて取っつきやすさと読みやすさを実現しつつ、知的好奇心も満たしてくれて楽しい読書。日本人の心性――宗教といわれるとなんだか身構えてしまうが、きちんと向き合った経験や知識などはあまりないことを自覚しており、神とか霊的なものとかパワースポットとか、信じてないけど何かありそうな気がしてる――を踏まえたうえで、一般人でもがんばらなくても教祖になれる(あるいは、簡単に信仰に取り込まれる)気がしてくる親切な解説があるので納得感がすごい。どうして宗教は「善きこと」を目指しているはずなのに争いが絶えないのか?宗教ごとに異なる教義や慣習はなんのため?といった疑問に答えてくれる。

学生時代ド文系で生きてきたわたしが個人的にけっこう刺さったのは、↓の文。SNSでたまに話題になっている似非科学などは論外として、それとは次元の違う話で一流の科学者も研究すればするほど世界にはまだ分からないことがあり、霊的なものの存在を感じるようになるという話を思い出す。

使い古された言葉ではありますが、「科学も宗教」です。(略)科学自体は論理的かもしれませんが、私たちは非論理的に科学を信用し、それを利用しているのです。非論理的な信用は、つまり「信仰」ですよね。

 

 

ハコヅメ~その191

最初は1話完結の女性警察官の〈日常・ほのぼの・コメディ〉漫画なのかな~と思っていたら実は〈サスペンス・ミステリ・ヒューマン〉系漫画だった…。張り巡らされた伏線、畳み掛けるような怒涛の展開に途中から読むのが止められなくなり、漫画アプリの無料キャンペーンだったのに最後の方はチャージが待ちきれず課金して読んでしまった。

この漫画読むと本当に街を歩いている警察官を見る目線が変わってしまう(そのせいで挙動不審な女だと思われてないかちょっと不安…)。警察官だって我々と同じ人間であり、でも我々のようにヒョロヒョロと生きている人間とは根本的に肉体と精神の鍛え方が違うんだなあということを思い知らされる。毎日の仕事でいつ突然ひとの死や自身の身の危険に直面することになるのか分からないってやっぱり凄い仕事だ。特に主人公の川合ちゃんが初めて交通事故の現場でご遺体に出会う話、みぞおちの辺りがヒュッと冷たくなった。もちろんチャイルドシートは絶対つけてるけど、散歩してるときでも車が来てないかとかめちゃくちゃキョロキョロしながら歩くようになった。古典的な探偵ものみたいな怨恨殺人よりも交通事故や麻薬の題材が多いあたり、現実に本当に多いのがそういう事件だからなんだろうな…。警察官をされてた作者だからこそ伝えたいことがあるんだろうなと思う。

第1話の「なぜルールを守らなければならないの?」への川合ちゃんの回答、そのまま丸パクリして自分の子どもにも言い聞かせたい…笑、と思った瞬間からわたしはこの漫画の魅力に取り憑かれていた。読むか迷っている人がいたらまずは1話読んでみて、と言いたい。

あと、個人的には「かならずしも恋愛の形に帰着しない、特殊で・濃厚で・熱苦しい・名前のない人間関係」を堪能できるところも大好き。いや恋愛関係がどうなるのかも気になるけども。