耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

2021年3月に読んだ本

今月のようす

Kindle Paperwhiteを買った。 

Kindle Paperwhite 防水機能搭載 wifi 32GB ブラック 電子書籍リーダー

Kindle Paperwhite 防水機能搭載 wifi 32GB ブラック 電子書籍リーダー

  • 発売日: 2018/11/07
  • メディア: エレクトロニクス
 

灯りをつけない部屋でも本が読めるというレビューを見てから気になっていて、ちょうど新生活セールで3000円くらい安くなっていたので思い切って買う。ほんとうはプライムデーで買うのが一番安いようだけど、それを待っていたら10月になってしまうので、この半年で差額の数千円分の元を取りたい。

もともと漫画は電子、文字の本は紙と使い分けていたものの、kindleはときどき意味不明な半額セールなどで本が激安になっており思わずポチってしまうことがあった。しかしわたしが普段漫画をよんでいるiPadは、文字の本を読むにはまぶしすぎて長時間の集中が続かないのだった。その点、kindleなら圧倒的に目の疲れが軽減され、集中して読める気がする。

kindleの意味不明な激安セールといえば、ちょうどいま光文社古典新訳文庫の対象作品半額セールをやっており(4月8日くらいまでやってる)、また何冊かポチってしまった。以前に他の文庫で読んだ『ダロウェイ夫人』『ねじの回転』が土屋政雄訳で出ていたのが気になっていたので、半額で読めるのはうれしい。

 

イアン・マキューアン『恋するアダム』 (新潮クレスト・ブックス)

1980年代、アラン・チューリングが存命しているイギリスで、ほとんど人間と見分けのつかない機械学習可能なロボットが開発されていたら?というif設定。平凡な主人公の男が「アダム」を購入するところから物語は動きだす。

本の帯ではロボットと主人公たちの恋愛関係の行方が煽られているけれど、結局この奇妙な三人の関係の顛末から炙り出されるのは、私達がいかに感情的で、身勝手で、非合理な思考や行動を取る生き物かということ。人間の脳の働きをコピーしてプログラミングするだけならAIでなくても他のシステムと同じだし、自ら思考する機械は人間の非合理性を理解できない。しかも、その程度やパターンは個人の経験や性格や状況によっていくらでも変わりうるものだし。

そして、もしもいつか実際にアダムたちが現れたとき、自ら思考する彼らをこの矛盾だらけの有機的な人間が「所有する」という行為の危うさにも気づかされる。

読了日:03月13日

 

堀江 敏幸『回送電車』 (中公文庫)
回送電車 (中公文庫)

回送電車 (中公文庫)

  • 作者:堀江 敏幸
  • 発売日: 2008/06/01
  • メディア: 文庫
 

エッセイ、書評、小説の領分を横断する散文の呼吸。だから回送電車。静謐かつ主張の少ない穏やかな筆致で、知識と思索がさまざまな領域を行き来し、多岐に富む内容は、時には思いもよらない着地点に行き着く。もとが新聞や雑誌連載のため少ない文字数に収められ、すんなりと読み進められるものの、文章の佇まいのようなものにふれたくて、一文一文を大切に辿りたくなる。

読了日:03月18日

 

アントニオ タブッキ『島とクジラと女をめぐる断片』 (河出文庫
島とクジラと女をめぐる断片 (河出文庫)
 

読むことが旅をすることと重なるような時間を過ごす。(堀江敏幸氏の解説を読んでいるとわたしはこの本のよさを半分も理解していないんだろうなあと感じるが、それはさておき。)筋書きのある文章、ない文章もつながって、旅先であるアソーレス諸島の美しく心地よい光景を頭のなかに構築する断片となる。じっさいには訪れたことのない、その場所のイメージを、本を開けばまた何度でも喚起することができるのは穏やかな喜び。

読了日:03月18日

 

柴崎 友香『千の扉 (中公文庫)』
千の扉 (中公文庫)

千の扉 (中公文庫)

  • 作者:柴崎 友香
  • 発売日: 2020/10/22
  • メディア: 文庫
 

これも筋書きが主体というよりは、新宿のとある団地とその生活圏で人びとが過ごした時間と空間そのものを書いたといった趣の小説。

わたし自身、いつも工事ばかりしている街に住んでいて、同じ場所の話をしていても会話が噛み合わないことがよくある。作中で千歳の言う「人の中にある記憶の景色が見えたらな」という言葉にしみじみと同意する。

焼け野原から都市を作り上げ、また「再」開発されていく街。その七十年をずっと見てきた世代と、いましか知らない世代と、これからの街を見続けていく世代とが同時に生活している、いま。別の時代の、同じ場所にいた誰かの人生が、自分の人生と重なる瞬間があるのだと思えば、べつの感覚が開かれ、見慣れた光景がちがって見えるような気がする。

読了日:03月27日

 

カズオ・イシグロ『クララとお日さま』
クララとお日さま

クララとお日さま

 

自ら学んだ経験から「お日さま」への信仰心を見出し、そして自分の愛した相手を救うために祈る「AF」クララ。恩恵を信じて祈るばかりではなく、親友のジョジーを救うために自分がどうなってもいいとすら考え、実際に自己犠牲をも行動に移す。我々の中に「唯一無二で、他に移し得ない特別な何か」はあるのか?クララの結論は純粋でやさしい。

この答えを直接聞いている元店長さんは、たぶん何のことか分かってはいないのだが(噛み合っていないのに話を合わせている感じがとてもイシグロ作品っぽい)、でも読者には分かっている。クララもまた「ジョジー愛する人」であったからこそ、その理解に至ったということを。

人間が彼女にした仕打ちは一見、残酷なようにみえるけれど、クララの余生は必ずしも孤独ではないとわたしは思う。むしろ彼女は一人でいたがっているくらいなのだ。お店にいたころはすべてを学ぶことに貪欲だった彼女が、他のAFのそばに行くことも断るのは、自分がすでに老年期にあることを悟っているからだろう。ひとを愛した思い出に浸りながら余生を送ることほど幸福なことはないのだから。

月初に読んでいたマキューアンの『恋するアダム』と同じ題材を扱っているが、わたしはこちらの結末がずっと好きだし、希望が持てるものだと思う。将来と、人間性というものへの希望が。

読了日:03月30日

 


読んだ本の数:5冊
読んだページ数:1610ページ

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