耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

2019年10月に読んだ本

 

あこがれの女性たち

本のなかの女性たちは時にわたしが思いもよらぬやり方で、人生を押しつぶされ、それなのに、思いもよらぬやり方で、人生を切り開いていく。そういうふうに人は生きられるのか、という姿をいくつもいくつでも見つけたいがために、わたしは本を読んでいるのかもしれないと思うことがある。

 

トニ・モリスン『ソロモンの歌』 (ハヤカワepi文庫)
ソロモンの歌 (ハヤカワepi文庫)

ソロモンの歌 (ハヤカワepi文庫)

 

もしあらすじを簡潔にまとめようとするのなら、主人公のミルクマンが自分のルーツを辿る旅を通じて自分の傲慢さを発見する物語、ということになるのかもしれない。名誉白人のような裕福な黒人の長男として生まれた男としての傲慢。

ところが、この作品の魅力はそこにだけではなく、むしろ彼の人生に顔を出す家族や友人たち、彼らの生き方を象徴的に表すようなワンシーンが鮮烈な印象を残すところにある。姉のコリンシアンズと「リーナと呼ばれるマグダリーン」、幼馴染の恋人ヘイガー、親友のギター、父親のメイコン・デッド、母親のルース…。

そして叔母のパイロットは誰よりもすごくてかっこいい人間だ。何度生まれ変わっても彼女みたいにはなれそうにもない。強いけれど、強いだけじゃない。筋が通っているけれど、頑固だとか信心深いというのともまた違う。おおらかで、生まれながらにして怒りと悲しみに満ちている。人間を愛することがどういうことなのかを知っている。

この小説にえがかれる人びとも人種や性別、貧困、社会に押し付けられた役割や固定化された階層に苦しんでいるのだが、行動や言葉の端々に生きることへの力強さが感じられるようだ。まだまだ理解できているとはいえず、何度でも読み返したい作品。

読了日:10月07日

 

パトリシア・ハイスミス『キャロル』 (河出文庫)
キャロル (河出文庫)

キャロル (河出文庫)

 

キャロルになりたい。語り手に感情移入して、一緒になってキャロルを愛するというよりはむしろ。彼女のような人に猛烈な憧れの気持ちを抱く理由がわかる。他人を愛するのには性がどうであるかということよりも、人間としてどれだけ惹かれるか、だと感じる。ひとことで「愛」と表現するものの中にはあらゆる種類の感情や経験が含まれていて、わたしたちはそれらに便宜上の名前をつけているのにすぎない。

まだ観たことのない映画版の、ケイト・ブランシェットのイメージがあまりにもぴったりで、読んでいる間中頭を離れなかった。映画も観ようと思います。

読了日:10月27日

 

マーガレット・アトウッド『昏き目の暗殺者』 上 (ハヤカワepi文庫)

上巻は、語り手の妹ローラが姉の回想録の中で示す、存在感に惹かれて読み進めていた。わたし自身に同性のきょうだいはいないけれど、どうしようもなくかけがえがなく、そうであるがゆえに誰よりも憎らしく思えるのが肉親というもの。とりわけ彼女たちのような身の上ならばそうだっただろう。特別な境遇を共有するのは、世界でたったふたりだけ。こんなにも違っているふたりなのに。

並行して、この姉妹を取り巻く第二次大戦前カナダ社会の社交界の様子を描く新聞記事や、謎の男女の(危うい空気を孕んだ)恋愛パートなどが進行し、どのように集約していくのか気になった。下巻は11月。

読了日:10月22日

 

十二国記

集団になじめない代わりに本を読む子ども時代を送ったので、十二国記は読書生活の原風景のひとつ。十八年ぶりの新刊と聞いて、まさかそんなに経っていたのかと驚く。ここぞとばかりに既刊をちょこちょこと読み返し、満を持して新刊を拝読。当然のようにネタバレをしていると思うので、未読の方は以下ご留意を。

東の海神(わだつみ) 西の滄海 十二国記 3 (新潮文庫)
東の海神(わだつみ)  西の滄海 十二国記 3 (新潮文庫)

東の海神(わだつみ) 西の滄海 十二国記 3 (新潮文庫)

 

先の先まで読む才知、身勝手のように見えながらも自らの天命はただ民のためにのみ有りと一本芯の通った道理を抱き国を治める延王尚隆。人徳とはこうも表情豊かになれるものか。ふとした折に漏れる冷酷にも見える思い切りの良さと、思いがけない情の深さを示す言動に振り回されながら、延王と臣下たちの信頼の深まりに憧れを抱く。とはいえ人は大事なときにだけ踏ん張れる人間に点が甘くなりがちだなあとは、しみじみと思うけれども……。尚隆ほどの才知があれば、普段からその数パーセントだけでも発揮して宮廷を上手く回せばいいものを、などと思うのは野暮なのだろうな。

読了日:10月04日

黄昏の岸 暁の天 十二国記 8 (新潮文庫)
黄昏の岸 暁の天 十二国記 8 (新潮文庫)

黄昏の岸 暁の天 十二国記 8 (新潮文庫)

 

十代のときよりは僅かなりとも人の世の道理が解る気のする今になって読み返してみると、この世界を創ったことで著者が語るに至った本質的なものが見え始める。実在するものはおしなべて誤ることがあり、完璧な人と完璧な社会などはどこにも存在しない。たとえ絶対的な・大いなる意思のようなものがあろうとも、在るということは元より誤ることを含んでいる。そのことに気づいたとき、寧ろ、だからこそいっそう、民のために永遠に続く治世を目指さんとする王たちの物語を見届けたいと願うのです。

読了日:10月10日

白銀の墟 玄の月 第一巻 十二国記 (新潮文庫)
白銀の墟 玄の月 第一巻 十二国記 (新潮文庫)

白銀の墟 玄の月 第一巻 十二国記 (新潮文庫)

 

かつて自分が同年代の身で読んでいたときには幼すぎるようにも思えて苛々させられることさえあった泰麒が、すっかりおとなになっていることに寂しさを感じるようになるとは。自分の役割を正確に理解し、自分の守らねばならないものを見極める。そのために必要とあらば周囲の誰にも本心を明かさず行動に移すことすら厭わない。彼の精神がかように強く鍛えられたのは蓬莱に戻った六年間の成果なのか、あるいは立場が人を作るのか……。「こちらの世界」の生まれで読者に近い目線を持っていたはずの泰麒が、境界を踏み越えるのにためらうのをやめ、謎めいた麒麟という存在になってしまった寂しさでもあるのかもしれない。

読了日:10月15日

白銀の墟 玄の月 第二巻 十二国記 (新潮文庫)
白銀の墟 玄の月 第二巻 十二国記 (新潮文庫)

白銀の墟 玄の月 第二巻 十二国記 (新潮文庫)

 

個人的には再読から琅燦が気になっていた。率直で頭の切れる官吏というイメージを抱いていただけに、彼女が阿選に付いていることと阿選への態度のそぐわなさが、いよいよ明らかになるかと思うと三~四巻を読むのが待ちきれません。

読了日:10月18日

 

 

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▼2019年10月の記録

読んだ本の数:7冊
読んだページ数:3186ページ