岡崎 武志『女子の古本屋』 (ちくま文庫)
以前には近寄りがたかった古本屋という存在が、なぜだか気にかかる今日この頃。インターネットなどのおかげで情報の集めやすく広めやすい時代とはいえ、自分の手で店をもつ、ましてや古書を売るというのだから店主の語る半生が面白くないわけがない。その後のお店のゆくえを書いた末尾の一文、閉業している店舗の多さにせつなくもなるけれど、別に永続的な存在であることが絶対の価値でもないのだ。なぜなら古本屋というのは商売である以前に、ひとつの生き方でありコミュニティなのだから。
読了日:07月03日
ダフネ・デュ・モーリア『レイチェル』 (創元推理文庫)
- 作者: ダフネ・デュモーリア,Daphne du Maurier,務台夏子
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2004/07/01
- メディア: 文庫
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ファムファタールに誘惑された青年の愛憎小説、という読み方を促すように帯にも解説にも書いてあるのだが、私にはどうしてもそういう話には思えなかった。レイチェルの行動は果たして責められるべきものなのか。自分の力で金を稼ぐことを「恥ずかしい」と禁じられた未亡人が、社会的地位を守りながら収入を得る手段を、冷静に講じるのは罪なのか?それもただ自分のいたい場所で、自分が一緒にいたい人といるために。財産を与えれば彼女が自分のものになったと思い込み、ノックをする礼儀すらも忘れてしまうフィリップは語り手の優位性を活かして被害者づらをしているが、そもそも彼女がお茶に毒を混ぜたのは、遺産目当てではなく自分の身を守るためだったのでは?それとも、こんなふうに思うのはわたしがレイチェルに魅せられきっているから?
『レベッカ』の作者の小説だが、こういう読み方を一度してしまうと『レベッカ』も再読したくなる。
読了日:07月10日
北村紗衣『お砂糖とスパイスと爆発的な何か—不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門』
お砂糖とスパイスと爆発的な何か: 不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門
- 作者: 北村紗衣
- 出版社/メーカー: 書肆侃侃房
- 発売日: 2019/08/02
- メディア: Kindle版
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批評とけなしの違いはどこにあるのかな、と思った時に開く本。「私が読みたかった話」と「現実に出会った作品」の間にある乖離はありがちなモヤモヤだけれど、実はそれこそが思考の種なのかも。著者の批評を読んでいると思いがけない切り口に驚きながらも腑に落ちるところも多く、特に『さよなら、マギー』の項は自分の中の「こうあらねばならない」を溶解してくれる、読んだその日から少し生きやすくなるようなメッセージ性がある。
ちなみに前述の『レイチェル』の感想があんなことになったのは、この本を同時並行して読んでいたからかもしれない。
読了日:07月10日
山口 遼『ジュエリーの世界史』 (新潮文庫)
ジュエリーの類には興味がうすい性分なのだが、最近結婚指輪を購入したことをきっかけに突然ジュエリーへの興味が湧き手に取った本。ティファニーにカルティエ、有名宝石商やデザイナーの歴史と特色やデザインの違いなど、これを読んでから宝飾店めぐりをした方がブランドイメージだけで店を選ぶよりもずっと楽しかっただろう。文庫化の前はもともとバブル経済最盛期に出版された本だったようだ(さぞかし需要があったことだろう)。しかし今の私にとってのジュエリーは身を飾ったり資産にするというより、原始の人びとがそうしていたように、精神的な拠り所にする意味合いが大きいと感じる。
読了日:07月11日
ウィラ・キャザー『別れの歌』 (世界文学選書〈第18〉)
生まれ育った小さな町を離れ、ささやかながらも自分ひとりの部屋をもつ暮らし。自分の才能が、一流の芸術家に、あるいは芸術の実現に手の届くところに引き上げてくれる。そうした青春の夢を一度は知ってしまったルーシイ。夢が望みになるやいなや一つの輝ける生命の火を燃やし尽くしてしまった、めぐり合わせの奇妙さに嘆息する。そして彼女の陰に隠れた姉ポーリンの、どこにもやり場のない、ただ尽くすだけの人生のむなしさにも心を添わせたくなった。高地の秋のつめたい空気を吸い込むような、幾度も胸を締め付けられる美しい小説。
読了日:07月21日
小川 洋子『不時着する流星たち』 (角川文庫)
タイトルのとおり、ひそかに墜ちた星のきらめきを集めたかのような短編集。星たちは愛や希望のようなあたたかな光だけではなくて、いつしか狂気や執念、残酷なエゴに変化してしまうことも多いのだけれど、筆者の視線はつねに平等に注がれつづける。慌ただしい日常に追われ、一歩外に出れば心がざらつくような出来事ばかりの最近、こうした本のページをめくる時間が胸を穏やかにさせてくれる貴重なひとときです。
読了日:07月24日
イアン・マキューアン『甘美なる作戦』 (新潮クレスト・ブックス)
1970年代初頭、冷戦下の英国でMI5に事務員として勤める女性。組織が支援団体と偽ってひそかに金を援助することになった小説家と恋に落ちて…というあらすじ。この小説家の作中作はマキューアン自身の創作のタネにも思えるし、当時の働く女性や小説をめぐる状況がさりげなく盛り込まれているのも面白い(といってもこの作品が書かれたのはその「四十年後」とのことである)。
ところでわたしはサプライズが苦手だ。というのも、サプライズでプレゼントをされた瞬間、そのプレゼントを用意している間の「当人だけが不在の時間」の虚しさを感じてしまうから。実はわたしはこの小説の種明かしにも、サプライズプレゼントをもらったときと似たような読後感を覚えてしまった。
読了日:07月25日
▼2019年7月の記録
読んだ本の数:7冊
読んだページ数:2260ページ