耳をすますナツメグ

だれもみてない、ほら、いまのうち

理想の美容院を見つけるのはむずかしい。

美容院で読む雑誌というのはどうしてあんなに面白いのだろうか。わたしも月額390円で電子雑誌読み放題のサービスには加入しているが、美容院で渡される雑誌は格別の味わいがある。自宅で見るiPadの画面ではつい読み流してしまうような、普段その存在を気に留めもしない高級ヘアケア剤やら、無くたって全然困らないような小さな高級クリームが突如、ものすごく魅力的に見えてくる。髪をきれいにしてもらっているという意識があるからだろうか、ふだんのずぼらさはどこへやら、にわかに美容意識の高いOLに大変身だ。使いかけのまま洗面所の引き出しに放り込まれているスプレー缶がいくらでもあるというのに、今度こそ毎日ていねいなお手入れができそうな気がしてくる。

ところが、こういう美容アハ体験を邪魔してくる者がある。担当美容師、その側仕えをしているアシスタントさんである。メインでハサミを持つ美容師さんは、わたしのような客が食い入るように雑誌を見ている姿から察して、なるべく静かにしていてくれるが、接客に一生懸命な若きアシスタント氏が問題なのだ。シャンプー中でこちらの視界が奪われているときも、ドライヤーで耳元にブンブン騒音が鳴っているときにも、構わず話しかけてくる。彼らはまだ気づいていない、静かに放っておくことが最上の接客になりうる客がいるということに。

そもそも美容院で話しかけられるのがだーい好き、といっている人をあまり見かけたことがない。とはいえ、そういう人も世の中にはいるのかもしれない。わたしが人見知りタイプなので周りにも同じような人間が集まってくるだけなのではないだろうか。そもそも美容院で話すのが大好きな人は、美容院に限らずどこへ行っても話すことが大好きなはずであり、話すことが大好きな人は見るからに話すことが大好きなかんじを毎日全面に押し出しているため、わざわざ宣言する必要もないのだろう。

休みの日に予約をして美容院に行くと、同じ時間帯の客の中に必ずひとりは、美容師たちとためぐちでしゃべくりあっている、妙に親しげなお客さんがいるものだ。これは行く美容院をいろいろと変えても必ずいるので、別に同じ人物ではなく確率の問題だ。こういう人を見ていると不思議に思うのだが、お店のスタッフと客という関係性から、どうやってためぐちの仲に進むのだろうか。店員がいきなりためぐちで話しかけてきたら驚く人が多いであろうことを考えると、やはり客のほうからためぐちで話し始めるのだろうか。それともインターネットで友だちになる女子高生たちのように、「てかタメだし敬語ナシでいいよ☆」みたいなかんじの一声を掛け合うのだろうか。

わたしなどは、一ヶ月に一度会うかどうかという距離感の他人と仲良くなるというのがかなり困難を極める人間なので全くわからない。わからないが、別にわからなくても良い気がする。わたしはただ髪に色を塗っている間は放っておいてほしいだけだ。